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シウアルマ(転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます)  作者: 福嶋莉佳
二章

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第11話 遠炎

バルネスと計画を立ててから、数週間。

宴の段取りを整え、やっと今日という日を迎えた。


豪族たちの功績を讃える名目で催されたが、実際には——国営倉庫を認めさせるための場。


控えの間で、セレナは手に汗を握りながら、様子を窺う。


バルネスも言ってた。最初の声が自然に上がれば、賛同者は出てくる……はず。


父王が玉座から立ち上がり、盃を掲げた。


「諸卿。これまで国を支えてきた働き、余は誇りに思う。

 今宵はその功を称えるための席である」


杯が打ち鳴らされ、広間にざわめきが広がる。

音楽が緩やかに奏でられ、香がたゆたう。

料理が卓へ並び、豪族たちが盃を交わし始めた。


——緩みが生まれたころ。


バルネスが、一歩前へ出た。


「諸卿。ところで——皆々様の尽力により、国は豊かにございます。

 しかし今後も民を守るためには、新たな仕組みが要りましょう」


ざわめきがふっと収まり、視線がバルネスへと向く。


「そのひとつが、高床式倉庫でございます。

 穀物を湿り気と虫害から守り、飢えを防ぐ施設。

 陛下も御意を示しておられる。……ゆえに、この倉庫は“国が管理する形”が望ましいかと」


広間の空気が一瞬硬直し、数人が盃を置いた。


セレナは固唾を飲む。


「私は賛成いたします!」


張りのある声が静寂を割る。

立ち上がったのは、中堅豪族のひとり——事前に“仕込んでおいた”男だ。


「国が責任を持って保管してくれるのだ。

 収穫の良し悪しに振り回されず、我らも安定した利を得られる。

 損失が減るなら、反対する理由はあるまい!」


その言葉に、周囲の注目が一斉に集まる。

渋い顔の者も、流されるように頷き始めた。


次の瞬間、父王が満足げに盃を掲げた。


「よくぞ申した!

 我が国の倉庫を支える者こそ、国を支える柱。

 この志を示した卿に、余自ら恩賞を与えよう!」


どよめきが広がり、豪族たちの表情が一斉に変わる。


「陛下のお心に従いましょう」

「民のためならば、協力を惜しみませぬ!」


賛意の波が広間を包み込んだ。


「よ、よかった……」


セレナは静かに胸を撫で下ろした。





宴が散じ、豪族たちが退出したあと。

父王は頬を上気させ、笑みを深くした。


「見たか、宰相! これで国の倉庫は動き出す。

 我が威光のもと、豪族どもも逆らえまい」


バルネスは一歩下がり、静かに頭を垂れる。


「陛下の御威光あってこそ。

 ……ただ、倉庫を国営とする以上、管理と記録を厳格にせねばなりませぬ。

 そこに緩みがあれば、再び豪族に握られましょう」


「ふむ、しかと心得た」


父王は豪快に笑い、杯を干した。

やがて目を細め、満ち足りたように娘を見やる。


「よくやったぞ、セレナ。やはりお前は才のある娘だ。

 ……いっそ、このままルナワに留まればよいではないか。

 後宮など、もう戻らずともよい」


不意の言葉に、セレナはわずかに息を詰めた。

けれど、すぐに穏やかに笑って首を振る。


「ありがとうございます、お父様。

 けれど、まだ——やり残した務めがありますから」


きっと、書板は積み上がったままね……


父王は不満げに眉を動かしつつ、渋々頷く。


「そうか……だがよく考えるのだぞ」


玉座へ戻る背を見送りながら、セレナは静かに息をついた。


もし、ここに残ることを許されたなら。

弟も、お父さんも、理解してくれる人がいるこの国で、

穏やかに生きるのも悪くないのかもしれない。


戻る理由、本当にあるのかな――


窓の外を流れる夜風に身を委ねながら、

セレナは胸の奥で、その問いを転がしていた。


そのとき。

背後から、控えめな声が現実を呼び戻す。


「……セレナ様」


振り返ると、リサがそっと息を整えながら立っていた。


「……よかったですね。皆さま、最後には笑顔で倉庫の話に頷いていて」


「ええ……本当に、うまくいってよかった」


二人は並んで広間を後にし、

静かな回廊へと足を進めた。


「……まあ、やってることは完全に詐欺だったんだけど……」


「?どうかされましたか?」


「何でもないわ、独り言」


提案した内容そのものは正しいし、民も豪族も得をしたし。……いいよね?


自分を納得させるよう内心でつぶやいた——その時だった。


駆け足の靴音が、静かな廊下に響く。

兵がひざまずき、封泥付きの巻物を差し出した。


「姫様——失礼いたします。

 王都アウレナより、急ぎの“横報おうほう”が届きました。

 本来は政務殿に届ける文ですが……対アウレナの件ゆえ、まず姫様にもご覧いただくようとの仰せにて」


セレナは一瞬だけ戸惑い、巻物を受け取る。

封泥を割ると、目が釘づけになった。


「……北境の砦が……抜かれた……?」


声がかすれ、隣のリサが蒼ざめて口走る。


「それって……アウレナの……」


「リサ!」


セレナは言葉を遮った。


胸の奥に冷たいものが流れ込む。

さっきまでの達成感は、跡形もなく消えていた。





アウレナ王宮の政務殿。

夜の灯がかすかに揺れる。


残っていたラシードが巻物を整え、ふと口を開いた。


「しかし……あの女武官を前線に出されましたな、殿下」


アルシオンは眉を顰める。


「“しかし”とは何だ。あれは俺の剣だ。信じて託したまでだ」


「なるほど。殿下の剣……。ですが——王太子が政に縛られて動けぬ以上、その剣の働きが国運を左右する。

 ……危うくもありますな」


「俺はサフィアを信じる。命を懸ける覚悟で託した」


ラシードは巻物を抱え、深々と一礼する。


「そのお覚悟、しかと承りました」


去っていく背を見送りながら、アルシオンの胸には重いものが沈んでいた。


ラシードめ――冷ややかな物言いのくせに、要だけは外さない。


俺はサフィアを信じている。剣としても、女としても。


だが、国を託す重みまで背負わせてよかったのか。

政に縛られ前に立てぬ俺が、あの細い肩にすべてを押しつけてはいないか――。


秋の宴。

あのとき俺は心に従い、サフィアを妃席に座らせた。


……あれは、誇りだったのか。


アルシオンは拳を握りしめる。


――セレナ。

お前が整えようとしていた秩序を、俺は無視していいのか。


愛と政。

二つを同時に抱けるほど、俺は強いのか……。


燭火がかすかに揺れ、壁に伸びた影が震えた。





都を発って五日。

北の本砦が視界に入った瞬間、サフィアの胸に張りつめていた緊張は、熱へと変わった。


副官が馬を寄せ、低く言う。

「……強行でした。兵が持ちません」


「承知の上だ」

サフィアは視線を砦から離さず、短く答えた。

「だが遅れれば、砦の心が折れる」


城壁はまだ立っていた。外郭のあちこちから煙が上がるが、本丸は落ちていない。


「間に合った……!」


砦の外門へ近づくと、逃れた兵たちが血と煤にまみれた顔で駆け寄ってくる。


「援軍だ……! 本当に来てくださったのか……!」


「持ちこたえられるぞ!」


サフィアは馬を降り、荒い息を吐く兵たちを見回した。


「城門を開け! まずは砦の内へ兵を入れる!」


内部に入ると、砦兵たちは一斉に膝を突きかけたが、サフィアは手を上げて制した。


「礼は要らない。今は立て。戦はこれからだ!」


彼女は土壁に掲げた地図に目を走らせ、矢狭間の位置を確認して叫ぶ。


「弓兵は壁上に散開! 槍兵は城門前で盾を組め!

 負傷者は後方の石室へ下げろ、治療班を倍に増やせ!」


怒号が走り、砦全体が一気に息を吹き返す。


副官がそばに駆け寄り、唇を噛んだ。

「……退路はありません」


「最初から、そんなものは想定していない」


矢狭間の向こうで、敵陣がざわめいた。黒旗がゆっくりと形を変え、包囲の輪を狭めてくる。


「敵軍、陣形を変えています!

 ……夜襲、来ます!」


「……来たか。今夜で決めに来るつもりだな」


サフィアは槍を握り直し、叫んだ。


「恐れるな! この砦は我らの盾だ!

 王太子殿下の名誉にかけて、必ず守り抜く!」


兵たちの声が重なり、城壁の上から矢が放たれた。


——ここからが本当の始まりだ。


「殿下、どうか見ていてください……」





アウレナ王宮の政務殿。

扉が勢いよく開いた。


砂塵にまみれた伝令が膝を突き、息を荒げて叫ぶ。


「急報! 北方本砦、夜襲を退け、敵を押し返し優勢にございます!」


張り詰めていた空気が一気に揺るむ。廷臣たちの間にざわめきが広がった。


「おお……やはり殿下の剣は見事だ」

「これでひとまず砦は守られましょう」


アルシオンは深く椅子に身を預け、わずかに目を閉じた。


……サフィア。よくやった。お前なら必ず守り抜くと信じていた。


ラシードは巻物を受け取り、封泥を割りながら目を細めた。


「……ふむ。砦は持ちこたえておりますな。しかし――これはあくまで初戦にすぎませぬ」


別の廷臣が口を開く。


「敵はまだ兵を残しております。押し返したとはいえ、油断はなりませぬ」


安堵が揺らぎ、再び緊張が政務室に沈殿していく。


アルシオンは拳を握りしめ、胸の奥で静かに息を整えた。


……まだ終わりじゃない。

 サフィア、どうか無事でいてくれ。勝利だけじゃなく――生きて戻ってきてくれ。


――その時だった。


青い帳を押し分けるように、ザリーナがゆっくりと入ってきた。


廷臣たちは慌てて頭を下げ、アルシオンは座ったまま姿勢を正す。


王妃は柔らかな笑みを浮かべて言った。


「優勢だと聞きましたよ、アルシオン。よかったわね。あなたの剣は見事に働いているのでしょう」


アルシオンは小さく息を吐く。脳裏には、血にまみれながら戦うサフィアの姿が浮かぶ。


……そうだ。あいつは必ずやり抜く。


そして、王妃の声はさらに続いた。


「そして……あの子。サフィア。きっと正妃となる日も近いのでしょうね」


廷臣たちに聞こえるほどの声音。胸の奥にざわりとした感覚が走る。


アルシオンはわずかに顔を上げ、王妃を見つめた。


王妃は歩み寄り、彼の肩にそっと手を置いた。


「喜びなさい。あなたの思う通りになろうとしているのですから。

 私も嬉しいのですよ、アルシオン。あなたを本当の息子のように思っているのだから」


祝福のはずの言葉なのに、胸の奥に小さな棘が刺さる。


アルシオンは答えを返せず、ただ静かに頭を下げた。





ルナワ王宮、宴から数日後。

ルナワ王都の空気には、確かな変化が生まれつつあった。


倉庫の件を口にする豪族は増え、数名は木材や人夫の提供を申し出ている。

バルネスのもとには「倉庫監督官を置くべし」との進言まで届いた。


リサがそっと杯を置く。

「動き始めたら早いものなのですね」


セレナが杯を手にして、苦笑する。


「説得するほうが、時間も労力もかかったものね」


セレナは杯に口をする。

「……国の政策一つ進めるのって、とても大変ね」


「セレナ様の案、みんなが話題にしてますよ。

“王女様が倉庫を作るんだって”って」


「ふふ……実際に作るのは私じゃあないんだけどね」


その笑みの裏で、胸はざわめいたままだった。


……アウレナ。戦は、どうなっているんだろう。


ちょうどその時、マルディアが帳を押し分けて現れる。

「姫様。アウレナ王都より、急ぎの文が——」


巻物を開いた瞬間、セレナは息を詰めた。


「追加支援の要請……?」


リサが震える声をあげる。

「も、もうですか……戦が始まったばかりなのに……」


セレナは窓の外へ視線を移した。

沈む夕の朱が、遠い北の空と重なる。


戦が長引いている……後宮のみんなは大丈夫なの?


だからといって、私がいてもどうにでもなるわけではない。

しかも、わざわざ火の中に入る必要もない——


そう思った瞬間、

後宮を去る時のアルシオンの顔が脳裏に浮かんだ。


そうよ……私はまだ正妃候補。

 私だけ、安全な場所で傍観はできない。


静かに息を吸い込む。


アウレナに……戻ろう。





北の本砦。

天守から見下ろす平野には、無数の影が転がっていた。

血と煙の臭いが風に乗って鼻を突く。


サフィアは荒い息を吐き、槍を壁に立てかけた。


「……何とか持ちこたえた」


砦に入って数日。

小競り合いを繰り返しながら、どうにか正面を押し返してきた。


周囲の兵たちは歓声をあげ、勝鬨を響かせる。


「殿下の剣が我らを導いたぞ!」

「砦は守られた!」


副官が小さく息を吐き、周囲を見回した。

「……広まり始めていますね」


サフィアは視線を逸らし、肩をすくめた。

「……まあ。それで士気が上がるなら、構わない」


別の副官が、夕闇の平野を見据えて言った。

「……敵軍、まだ火を落としていません。陣を組み直しているようです」


サフィアは頷く。


……普通なら、この段階で一度退くはず。

押し返されてなお火を絶やさない……何を狙っている。


胸の奥に冷たいものが広がっていく。


夕闇が夜へ変わるにつれ、敵陣の焚き火の列に妙な変化が現れた。

火点が増え、わずかに前へにじり出している。


「……あれを見ろ」


隣の副官が低く呟く。


「昼よりも火の数が増えています。前進準備かと……」


「距離を保ちつつ、こちらを探っている……小競り合いを続けて兵を削るつもりか」


サフィアは唇を噛み、短く命じた。


「負傷者は後方へ下げろ。治療班を増やす。

 軽傷でも放置すれば士気が落ちる」


副官が頷き、走り去る。


夜風が冷たくなり始めたころ、丘の向こうで火点が一つ、また一つ、揺れながら動いた。

まるで闇に紛れるような、不気味な動き。


「……来る」


胸の底が強く跳ねる。


「全隊、警戒を強めろ!」

思わず声を張る。

「敵は夜を選んで仕掛けてくる――気配が濃い!」


副官たちが走り出し、兵たちが布陣を整え始めた。


サフィアは槍を手に取り、目を閉じて息を整える。


殿下。どうか、私に力を。

私はまだ戦えます。あなたの名のもとに――


その時、背後で誰かが咳き込んだ。


「……ごほ、ごほっ……」


だが夜風はその音をかき消し、誰も気に留めなかった。

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