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【完結】転生姫はお飾り正妃候補。愛されないので自力で幸せ掴みます  作者: 福嶋莉佳
二章

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第6話  宴

……殿下に“良縁の宴”の許可をいただけて嬉しかったのも束の間――


「姫様のお考えですから、ぜひ段取りもお任せを」

にっこりとしたナヴァリスの一言で、すべてが決まった。


客人の名簿、料理や楽の内容、招待状の文面。

机上はたちまち薄板の山となった。


丸投げするなんて。


……確かに、言い出しっぺだけど。


それでも手は止められない。リサは夜更けまで筆を執り、女官は衣装や装飾案を出して支えた。

アシェラやアナヒータは座の務めの合間に、小道具や舞台を手配し、

冷ややかなレイラでさえ「失敗すれば後宮の恥」とぼやきつつ、帳簿整理に加わった。


ありがたかった。

皆の手がなければ、とても形にならなかった。


それでも、微笑む後宮監の顔が脳裏から離れない。


こうして慌ただしい日々は過ぎ、宴の当日が迫った。

高鳴りと不安と期待がないまぜのまま、セレナはその時を迎えようとしていた。


宴の当日、控室は香が満ち、化粧の筆が頬をなぞるたびに息が浅くなる。


「姫様、少し動かないでくださいませ」

侍女に窘められても、口元だけは勝手に上がってしまう。


唇に紅、髪に飾り。鏡の中の自分は疲労の影を残したままだが、少女のように輝いて見えた。


「姫様、本当に楽しそうですね」

リサが笑いを含んで囁く。


セレナは頬を染め、目を伏せた。

「だって……わくわくしているもの」


今宵は妃候補だけの宴。――女官や侍女たちは当日の準備や応対に追われ、参加には至らなかった。


「ねえ、リサ。今回は妃候補だけの宴だけれど……

次は内命婦のみんなのためにも、小さな“縁談の集い”を後庭で試してみたいの」


リサの目が丸くなり、すぐに熱を帯びる。

「……セレナ様……!本当に……?」


「ええ。だって、皆だって出会いの場、欲しいでしょう?」


やわらかに微笑むセレナの声に、リサは強く頷いた。

「はい……! 私……セレナ様についてきてよかった……!」


そのやり取りを耳にした侍女たちが、そっと顔を見合わせる。

「……素敵……」「本当に、あの方なら……」

喜びを押し殺すような囁きが広がり、控室の空気がほのかに熱を帯びた。


セレナはそんな声に気づき、息をひとつ飲んで立ち上がる。

侍女たちに囲まれながら、回廊へと歩み出た。


前世で友達と身につけた“立ち回り”――使う時が来たわね。


セレナは肩をそっと落とし、口元だけ整えた。


先生も言っていた……婚活は戦場だと。

――戦いの場に出る気持ちで、臨まないとね!


目を合わせて微笑む、会話の聞き方――

一つひとつ思い返し、セレナは扉へ歩を進めた。



◆



会場の大広間は灯火と布飾りで彩られ、果実と香の甘い匂いに包まれていた。


セレナは足裏に力を入れ直した。


妃候補たちは色とりどりの衣を揺らし、各国の使節達と談笑している。

 

黒紺の礼服のナヴァリスが進み出る。

「本日は、陛下の御厚意により各国の使節と妃候補を交え、盛大なる宴が催されます――」


口上に視線が集まる。

そこへ、奥から低い靴音。


黒地に金糸の礼服をまとったアルシオンが舞台へ進む。


「諸国の賓客に感謝する。

この宴は我らの友誼を深め、新たな縁を結ぶためのもの。

互いに心を開き、今宵を楽しんでほしい」


力強い挨拶に拍手が湧き、楽が満ちた。


壇上に立つアルシオンは、広間の流れを点検するように目を走らせた。


その眼差しがセレナを一瞬だけ掠め――すぐにラシードの方へと戻った。


目が合った?……気の所為よね。


胸の奥に熱が広がる。


殿下がこの企画を認めてくださったおかげね。

――ありがとうございます!



◆



宴は本来、席を立つものではない。

だから、出会いが限られてしまう。


壁際の卓には肉や果実、香辛料の煮込みが並び、

人々は自ら杯を受け取り、皿を選んでいく。


だから、あえて“立ち上がらせる”仕組みにした――前世で言うビュッフェスタイル。


この案を出した時、ナヴァリスはわずかに口端を動かした。

「……奇抜ですが、合理的ですな。人の流れが生まれる。――姫様らしい」


使節と妃候補は自然に立ち、同じ卓で言葉を交わしている。


セレナは広間全体に目を走らせた。

うん、回ってる。


戦場みたいな緊張と、恋みたいな高揚が、胸の内で入り混じる。


よし、いよいよ“立ち回り”の出番!


杯を受け取ったセレナは、隣に立った若い使節へふっと目尻を和らげる。

「遠路お疲れさまでございます。お衣装もとても素敵で……きっと皆の目を引かれますね」


思いがけない褒め言葉に使節は頬を紅潮させ、配膳担当の侍女が驚いて口元を押さえた。


ふふ、やっぱり効く。

“目を見て笑顔で褒める”……定番ね!


別の客人には身を少し傾け、話を聞く姿勢で応じる。

「……ええ、わかります」

そのひと言だけで相手の顔がぱっと明るむ。


皆ごめんね、この戦……私が勝つ!


ふと視線を向けると、人だかりができていた。


「まあ、あれが近衛副隊長殿……」「背が高くて凛々しいわ……」


礼服に身を包んだカリムが、人目をさらっている。

その眉間には、見事なまでの不機嫌のしわ。


……本当にモテるのね。


少し前。

「副隊長殿も参加を」

「……姫様、勘弁してくれ」

「貴方に参加してほしいって希望者が多いの!お願い!」

――と、セレナが半ば押し出した結果である。


相変わらずぶすっとしてるのに。

でもヘラヘラするよりも真面目でいいわよね。


その時、広間の別の輪がぱっと弾けた。


レイラが淡い金糸の袖を揺らし、北方の若い使節と杯を合わせている。

「まあ……貴国では祭礼の舞を“男”が舞うのですか? 興味深いわ」

扇越しの微笑みに、使節の表情がみるみる熱を帯びる。


そのすぐそばでは、ほかの妃候補たちが思い思いの輪をつくっていた。

端麗な黒髪の少女は、緑衣の青年に果実を勧め、

「この香り、お好みに合えばよいのですが……」と頬を染めている。


別の妃候補は、学問に明るい使節と地図を前に盛り上がっていた。

「この交易路……実は父が整備に関わりまして」

誇らしげに語る声に、相手の青年が目を輝かせる。


自分が仕掛けた場で、それぞれが輝き始める――

その光景が、どこか誇らしくもあった。



◆



高座のアルシオンは杯を手に、静かに場を見渡していた。


妙な仕掛けだ。だが、人の流れはできている。混乱もない。よく考えた。


使節達と笑顔を交わす妃候補たち。

その中で、ひときわ鮮やかな姿が目に留まる。


ルナワの姫――セレナ。

隣の使節へ柔らかく微笑み、言葉を交わせば、相手の表情がほどけていく。


作為のないそれだけで、場の空気が少しずつ変わっていく。


……よく通る声だ。無理も、媚びもない。


指先が杯の縁で止まった。


後宮が動いた理由も……こうして見ると、わからなくもない。


アルシオンは視線を逸らし、隣のラシードへ小さく息を吐く。


「……奇抜だが、悪くはないな」


ラシードが唇の端をゆるめる。


「姫様の企画にしては、上出来でしょうな」


アルシオンは答えず、杯を口に運んだ。

それでも、あの微笑みだけが目の裏に焼きついて離れなかった。


◆


サフィアはアルシオンの傍らで杯を抱え、輪の中を軽やかに渡るセレナを見つめる。


……なるほど。ああやって気を引くのか。


剣しか知らぬ自分にはできない技。戦場の采配のようだと、妙な感心が胸をかすめる。


セレナがわずかに見上げて笑う――波紋のように笑いが広がる。


不思議な人だ……自然と人を引き寄せる……。


だが次の瞬間、アルシオンの視線が一度、セレナへ向いたのを確かに見た。


……やっぱり、殿下の目を引くのか。


感心と苛立ちがないまぜになり、サフィアは指先に力を込め、背筋を伸ばした。


私は私のやり方で守る。

殿下の隣に立つのは、最後には私だけだ。



◆



セレナは人波の切れ目で立ち止まり、扇を胸に当てた。


……さて、私の王子様はどこかしら♡


セレナは各国の若い使節たちを見渡した。


皆、それぞれの国の色が出てるわね。

誰に声を掛けようかな。


砂漠の国の青年は琥珀の瞳を光らせ、陽の熱を含んだ声で挨拶を返す。

北の山岳王国の使節は寡黙ながら、銀飾りの揺れるたびに誠実さがのぞく。

大河上流国の青年は深い緑衣をまとい、湿った香草の香をまとっていた。


どの方も素敵……どうしよう!


頬を染めながら、セレナはまるで恋を探す乙女のように歩を進めた。


先生もこんな気持ちだったのかしら。


舞台の上からその様子を見つめる影に、セレナは気づかない。


賑わいの輪がいくつも広がる中、セレナは杯を手に、ぽつんと佇む妃候補の姿を見つけた。


誰とも話せずにいる?

ずっと一人で杯ばかり見てる。


「まあ、お隣よろしいかしら」


微笑んで声をかけ、果実を勧め、さりげなく彼女の腕を引いて輪へ。

最初はおずおずと、やがて頬にふんわりと笑みが灯った。


よかった……。



◆



広間の片隅で、ナヴァリスは杯を手に静かに場を眺めていた。


……あれは、北の山岳王国の使節か。あの家の娘と並べば、家格も悪くない


視線を巡らせる。


こちらは……緑の沃土の青年と、第二の席の娘。互いに顔色も良いな。


後宮でこんな光景を見る日が来るとはな。


家の娘と異国の若者が肩を並べ、時折、悪くない顔をしてみせる。

――誰と立てば、どの家が和らぐか。


宴は、本来こういう瞬間を拾う場だ。


だが。


視線の先、ひときわ人を集める輪があった。


セレナが誰かの腕をそっと取り、臆した妃候補を自然に会話へと繋いでいく。

褒め、聞き、笑い、背を押す。その仕草が波紋のように場を動かしていた。


……仲介か。まるで婚姻の斡旋人のようだな。


自分が前に出るだけでなく、他者を巻き込み場を整える女。

小さな力を組み合わせ、大きな流れを作ってしまう。


本来なら後宮縮小の口実に過ぎぬはず。

だが、姫様の手にかかれば一つの制度になりかねん。


芽は伸びた――もはや摘む機はない。

制御するか、それとも……。


その頃、人の輪の外れで、リサは誇らしげに目を細める一方、冷たい汗が背を滑った。


セレナ様。こんなに皆のために動かれて……。

ご自分の縁は、どうされるおつもりなのですか。


婚姻の場でありながら、姫は人の縁を結ぶに徹してしまう。


セレナ様……そろそろ、ご自分の未来のために動いてくださいませ。



◆



笑い声が重なり、杯が打ち鳴らされる。


セレナはその様子を見て、思わず口元を緩めた。


その直後、背後からリサの小声。

「ご自身のお相手に……声をかけなくて、よろしいのですか?」


「……!」


し…しまった…!!


楽が下がり、宴は締めへ。


あ……もう、終わってしまう……。


達成感の下に、ぽっかりとした虚しさが残る。

セレナは唇を結び、立ち尽くした。


宴が終わり、広間の余韻が薄れる。

ラシードが殿下へ寄る。

「殿下――ルナワの姫は仲介役に徹しておられましたな。ご自身の出会いは、結局なかったようで」


アルシオンの眉がわずかに動く。

「……」


「面白い姫君でございます。自らは手を伸ばさず、他人を縁へ導く……。

殿下のお傍に置いても、外へ送り出しても――どちらに転んでも波を立てましょう」


答えは返らない。青の瞳にわずかな影が残った。


廊下の陰でその横顔を見つめながら、サフィアは唇を結ぶ。


淡い期待がほどけ、サフィアは拳をそっと握りしめた。



◆



月光が中庭の泉に揺れ、花の影が風に震える。


セレナは石縁に腰を下ろし、深く息を吐いた。

達成感の下で、冷たい空洞がひっそり広がる。


誰とも縁がなく終わってしまった……。


――私何やっているの。


唇を噛む小さな笑いは、自嘲と悔しさの音だった。


泉の影を見つめていたセレナは、気配に顔を上げる。

月明かりに黒衣のアルシオンが立っていた。


「……殿下」


立ち上がろうとする彼女を、片手の仕草で制す。

「構わん。座っていろ」


低い声に胸が跳ねる。殿下は泉を挟んで向かいに立った。


セレナは水面を見つめ、指先をそっと握る。

「……だめでした」


アルシオンの青の瞳が細められる。

「誰にも選ばれないのは……やっぱり、寂しいものですね」


アルシオンは短く息を吐いた。


「おまえのように一人で立てる者を、恐れずに見つめられる者などそうはいない。

 おまえが誰も選ばなかったのではない。おまえを、軽々しく選べる者がいなかっただけだ」


セレナは目を見開く。


「殿下……?」


「見ていた。おまえの仕掛けも、立ち回りも、全て。……誇れ、セレナ」

そう言って、ほんのわずかに視線を逸らした。


セレナは瞬きし、泉越しに彼の表情をそっと探った。


……よく、わからないな。


何も言えず、ただ——クスッと微笑む。

「ありがとうございます」


月光の中、泉はなお静かに揺れていた。


重なった影はほどけても、

その揺れだけは、しばらく消えなかった。

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