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シウアルマ(転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます)  作者: 福嶋莉佳
一章

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第12話 座

石造りの広間には、燭火と香油の匂いが漂っていた。

天井の高みで反射した光が、床と柱に柔らかな陰影を落とす。


ナヴァリスは進行卓の前に立ち、

小さな香炉を鳴らして声を放った。

「――本日お集まりいただいたのは、他でもない。ルナワ公国の姫君より、後宮の在り方について、ご提案がある」


広間には妃候補たちと女官長、付き添いの侍女が並んでいた。


「提案……?」

「姫様が?」

「まだお若いのに……」


囁きが広間を巡る。


ナヴァリスは表情を崩さぬまま、すっとセレナへ手を差し向けた。

「姫様。どうぞ皆の前で、堂々とお話しください」


その一言に、セレナはぎょっと目を見開いた。

「えっ……私が、今ここで?」


聞いていない……!


一斉に集まる視線。

背筋に、ひやりとしたものが走る。


ナヴァリスはセレナからそっと離れ、壁際に移動した。


誰にも聞こえぬほど低く呟く。

「……火が点くか、消えるか」


セレナの傍らでは、リサが不安げに裾を握りしめ、主を見上げている。


学校ですら、ろくに手を挙げたことがなかったのに。


胸がひゅっと縮み、額に冷や汗がにじむ。

無意識に、荒れた指先を撫でた。


ナヴァリスは無表情のまま、セレナにだけ視線を細めた。

「――怯んだか。だが、ここで退けば“火”にはならぬ」


「姫様。どうぞ」


柔らかな声音に隠された、逃げ場のない促し。

広間の空気が、ぴんと張りつめる。


「……酷い。せめて原稿くらい用意してよ……」


小さくぼやきながらも、セレナは深く息を吸い、背筋を伸ばした。


「えっと……私の提案ですが……」


声は微かに揺れる。

けれど次の瞬間、瞳をまっすぐ前に据えた。


「後宮の者、全員で業務を分担する――そういう内容です。

引き継ぎを重ねれば、誰もが全体を把握できますし……

皆様のお力で、後宮を活性化できればと思い、発案しました」


衣擦れの音がざわりと走り、広間の空気が揺れた。


「業務分担?」

レイラが首をかしげ、耳飾りの宝石を揺らして鼻を鳴らした。

「要するに、雑務を押し付けたいだけではなくて?」


「全員参加、ですって?」

アシェラが羽根扇をひらりと仰ぐ。

「わたくしたちは“飾る”ためにここにいるのよ。

下働きは侍女の役目でしょう?」


笑いを含んだ声が、肌を撫でるように広間を走った。


だがその中で、ふと。

視線を伏せていた侍女や、口数の少ない妃候補が、

わずかに顔を上げたのが見えた。


ナヴァリスが場を見渡すのが、視界の端に入った。

その視線が、空気を量っているように見えた。


セレナは一呼吸し、顔を上げる。


「……後宮の務めは、ひとつではありません。

食事の采配、行事の準備、衣や薬の管理……

だからこそ、皆様それぞれの“得意”に合わせて

分担できたらと、私は思っています」


――そうよ。委員会を決める時みたいにすれば……!


一瞬、ざわめきが止まった。

「得意に合わせて……?」

小さな反芻が、あちこちで漏れる。


だがすぐに、アシェラが扇を揺らし、皮肉げに声を上げた。

「才能、ね……それなら、わたくしは歌と舞しか能がありませんけれど?

宴を開いてくださるなら、いくらでも披露しますわ」


「私は……刺繍が得意ですけれど……」

別の妃候補が、小さく首を傾げる。


反発の声に混じって、ためらうような沈黙が落ちた。


ナヴァリスは目を細めた。

「……才を活かす場、か。悪くはない。

だが、その“分担”を誰が裁くかで、必ず歪みが生まれる」


そのとき、セレナの顔がぱっと明るくなった。


「――いいですね!」


思わず、声が弾む。


「皆様の才能に合わせて……

むしろ“業務のほうを見つける”のも、ありだと思います。

たとえば――」


一拍置いて、続ける。


「得意な分野ごとに、小さな“座”を作ってみては、いかがでしょうか?」


そうそう、クラブ活動みたいにすれば!


「舞の好きな方は舞の座、刺繍の得意な方は刺繍の座。

薬草に詳しい方なら薬草の座……という具合に。

負担も少なく、気軽に参加できますし、

それぞれの力を自然と後宮の務めに繋げられるはずです」


さらに、穏やかに言葉を添える。


「交流の場にもなりますし、

身に付ければ――皆様それぞれの良さが、より輝く。

そうなれば、後宮も一層、華やかになると思います」


ふっと微笑み、問いかけた。


「……いかがでしょうか?」


沈黙が落ちる。


「……座?」

アシェラがきょとんとした声を漏らす。

「子供の遊びみたいだけれど……」


「刺繍の座……もしあれば、私も……」

普段ほとんど口を開かぬ妃候補が、ぽつりと呟いた。


「舞の座なら、私が一番でしょう」

レイラが高らかに言い放った。


ナヴァリスは腕を組んだまま、セレナを見据える。

「……“座”とは面妖な言い回しだが、

各々の才を受け止める器としては、悪くない」


含みのある言葉に、ざわめきが一段大きくなった。


「……交流の場、ね」


アナヒータが低く繰り返した。


「……座が増えれば、

人目に触れる機会も――増えるということかしら」


その言葉に、別の姫が思わず息を呑んだ。


冷笑に混じっていた空気が、いつの間にか好奇心に変わっている。


ナヴァリスはその揺れを観察し、静かに目を細める。


「……“楽しみになる”か。姫様は、人を動かす言葉を心得ておられる」


淡々とした声音だったが、否定ではなかった。


「――本日のところは以上とする」


ナヴァリスは淡々と告げる。

「姫様の発案は記録に留める。

次回の集まりまでに、各自、自身の得手不得手を思案せよ」


ざわ、と息を漏らす者がいた。

抗議の声は上がらない。

ただ、困惑と考え込みを含んだ沈黙が広間を満たす。


「業務分担の可否は、その後に決定する。……以上」


女たちはそれぞれ、表情に揺れを残したまま立ち上がった。


その中で、小さな舌打ちがひとつ響く。

だが、誰のものかは分からない。


広間を後にする時、

すぐ傍らのリサが、小さく目を輝かせていた。


セレナの提案は、却下されなかった。


――それだけで、十分すぎるほどの一歩だった。





政務室に足を踏み入れた瞬間、

ナヴァリスは机に凭れる王太子の姿を見て取った。

礼服のまま、眉間に深い皺。

軍も政も、同時に押し寄せている兆しだ。


ナヴァリスが音を立てず進み出る。

濃紺の衣を乱すことなく、深く一礼する。


「殿下――後宮に関して、一つご報告を」


アルシオンは机に凭れたまま、視線だけナヴァリスに向ける。


「聞こう」


「本日、姫君方の集いにて。ルナワ公国の姫君、セレナ様が

“座”と称する小さな集まりを提案されました。

舞を好む者、刺繍に秀でる者、薬草に明るい者……

それぞれの才に応じた役目を担わせる、という趣向にございます」


「反応は?」


「――概ね好意的に」


ナヴァリスは一呼吸置き、わずかに皮肉を滲ませる。


「従来、後宮は務めを持たず、ただ日を送る場となっておりましたが……

彼女の言葉により、妃候補方は互いに顔を見交わし、

侍女たちもまた、久方ぶりに期待の色を浮かべておりました」


アルシオンの青い瞳がわずかに揺れる。

その変化を見逃さず、ナヴァリスは静かに目を細める。


「殿下。飾りと侮られがちな異国の姫が、

場を緩やかに動かす……小さき一歩に見えましょうが、

秩序の観点からは、見過ごせぬ動きにございます。

摘まねば、やがて枝葉を広げましょう」


「……お前の目には、あの娘はどう映る」


「使える芽、と申せましょう。

国を揺るがすほどの器ではありませぬが、

後宮の荒れを鎮めるだけの力は、持ち得るやもしれませぬ。

ただ――」


一拍置く。


「処し方を誤れば、根を張りましょう」


「……報告、感謝する。――下がれ」


「御意」


一礼して退くナヴァリスの背は、

冷えた空気を割るように静かだった。

奥に、計算を秘めた光がわずかにきらめく。


――後宮は、飾りで終わらぬ姫を抱え込んだのだ、と。






ナヴァリスの言葉が落ちるたび、

思考は二人の女の像を行き来した。


太陽のように揺るがず、剣を手に並び立つサフィア。

誓いに迷いのない瞳。

そこに安堵と愛情を重ねてきた――それで十分なはずだった。


――過去の傷が、脳裏をよぎる。

愛を持たぬ妻の冷たい背中。

形だけの婚姻、偽りの微笑。


その反動で、サフィアを選んだ。

彼女なら裏切らない。

二度と、同じ過ちは繰り返さないために。


……なのに。


異国の姫の声が、耳の奥に残る。

無理強いでも、虚飾でもない。

人を和ませ、動かす響き。


弱さを隠さず、

それでも立っていた。


なぜ、あの娘の言葉が残る……。


苛立ちが胸を焦がす。

答えは、分かっているはずだった。


それでも理性の奥底で、

ほんのわずかに「面白い」と呟く声を、

どうしても振り払えなかった。


拳が机を叩き、蝋燭の炎が揺れる。


「惑うな……選ぶのは一人だけだ」




夜更けの寝所。

アルシオンは考え込むように黙し、

サフィアはそっと隣に膝を寄せた。


「……ねえ、また遠く見てる」


責めるのではない。

胸の奥から滲み出る、心配の声だった。


返ってきたのは、短い沈黙。

その間に、サフィアの心は静かに不安に沈んでいく。


後宮の影が胸をかすめる。

交わした言葉は僅か。

それでも、忘れられない静かな瞳。


問いかけたい。

けれど、声に出せば、自分の弱さが溢れてしまいそうで。


だから代わりに、

彼の手を両手で包み、そっと額に押し当てた。


「……わからなくてもいい。

全部聞けなくてもいい。

ただ……私のことは、忘れないで。

ずっと、ここにいるから」


瞳を上げたサフィアは、無理に笑った。


アルシオンの腕が、彼女を抱き寄せる。

重く熱い抱擁。


それでもサフィアは、隣に立ちたいと願った。


胸の奥の影は、まだ消えない。

それでもサフィアは目を閉じ、

祈るように、その温もりを抱きしめ続けた。

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