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穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第五章 夜の遊園地

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第35話 夜の踊り子

35.夜の踊り子


「百合が——危ない」


 珍しく雪村くんの声に焦りが滲んでいる。僕には心配することしかできない。


 だが、その後のインカム越しのやりとりを聞いて、雪村くんの表情から堅さが消えた。離れているはずなのに、百合さんと桜さんの気配が強烈に漂ってくる。それはみんなが禍心と呼んでいる存在より、はるかに強い穢力きりょくを纏っていた。


「女は強いな」


 そう言いながら、雪村くんは微笑む。



 未だに炎の壁の向こうで、穢れはざわついている。雪村くんは前に立ったまま、腕をだらりと下げていた。戦闘態勢ではあるけれど、自然体で余裕のある佇まいだ。


「……なあ、大祐」


 低い声で呼ばれる。


「お前、どう思う」

「どう、って——」


 僕は視線を園内に走らせた。数は多いが、どれも弱い。敵意も殺気も薄いような気がする。


「……穢れたちに、目的があるように感じるけど……」

「そうだな」


 雪村くんは、わずかに口角を上げた。


「意思がないはずの穢れが、何かに導かれて——連れられてる」


 その言葉が、胸の奥でひっかかった。雪村くんには何が見えているのだろう。


 インカムが恭介くんの声を届ける。


『雪村、穢れの中心が判明しました。少女の穢れのようです』


「……分かった。恭介はそのまま穢場の維持を頼む」

『お任せを。皆さん中央に集合していますが、どうしますか?』


「俺たちも中央に行く」


 何か策があるのか、雪村くんは自信ありげに言った。


「なるほど……この気配か」


 ひとまず、僕たちは中央広場へ向かった——




 合流した先で、僕はすぐに異変に気づいた。百合さんも桜さんも無事なのは知ってる。でも、二人ともすでに、ここにはいない。


「大祐くん、来たね」と狛人(はくと)くんが迎えてくれた。

「うん、桜さんたちは?」

「女の子を追ってるよ」


 確かにここではない場所で、二人の気配を感じる。穢れはまだまだ湧いてくる。祓える人でないと単独行動は無理だ。


「大祐くん。小さくて速い気配を探ってみて」

「小さくて……速い……」


 僕は集中してみた。それなりに、気配を読み取ることはできるようになった。


……見つけた。


 確かに小さいが、速くて——濃い。


「大祐も捉えたか?」


 雪村くんが、確認するように聞いた。


「多分、大丈夫だよ……けど、これからどうするの?」

「簡単な方法はある。ただし、今回は使わねぇ」

「どうして?」

「相手が……女の子だからだ」


 一瞬冗談を言っているのかと思ったが、雪村くんはそういう人だった。唖然とする狛人はそのままに、話を進めることにした。


「じゃあ、どうするの?」

「大祐……子どもは遊園地に何をしにくるんだ?」

「——遊びに、かな?」


 次の瞬間、広場の横にあるメリーゴーランドが、音もなく回り始めた。

 

 そこに——少女がいた。


 小学生低学年くらいで、白いワンピース姿。穢れをまとっているのに、怖くない。彼女は顔を上げて、僕を見ると笑って走り出した。


(今、僕を見た?……気のせいか)


「追うぞ!」


 雪村くんの声で僕たちも動く。でも、これは戦闘じゃない。


——追いかけっこだ。


『ダーリン、その子、今広場にいるの?』


『えっ、結局そこに戻ったの?』


 百合さんと桜さんから、インカムで連絡が入る。彼女たちも走り回っているようだ。 


「あぁ、走ってるぜ」


 雪村くんが、息も切らさず答える。


「逃げてるっていうより……遊んでる感じだけどね!」


 狛人くんも、まだ元気だ。

 

 穢れはまだそこら中で存在している。それを祓いながら少女を追いかけることになるので、全く追いつかない。それを少女は楽しんでいるようだ。


「僕らの邪魔をするために、穢れを集めていたんだね。無意識かもだけど」

「……なんで、そんな必要が?」

「長く遊んでいたいんじゃない?」


 相変わらず狛人くんは、面白い発想をする。だがそうだとしたら、今夜の事件の説明はつくのかもしれない。


 悪意のない穢れなんて、存在できるのか。それに禍心とは。まだまだ僕の知らないことは多い。だが今は少女のために走るしかない。


 ジェットコースターの下。バイキング。売店の裏。ゴーカートのレールの上。


 少女は次々と場所を変え、移動していく。意味のない動線じゃない。園内を一周している。


「……遊園地、好きだったんだろうな」


 僕が呟くと、狛人くんが頷いた。


「うん。楽しんでる」

「穢れが……?」

「それもそう……だけど」

 

 狛人くんは、少しだけ言葉を選ぶ。


「穢れになった何か、もね」


 少女は捕まらない距離を保ち、でも必ず見える場所にいる。隠れて、顔を出して、また走る。


——楽しい、って感情が伝わってくる。


「この子の……本体……」


 胸が妙に苦しくなって、立ち止まってしまった。狛人くんも立ち止まる。


「どこかに、いるんだよね?」


 僕のその一言で、世界が静かになった気がした。狛人くんに聞いても、答えは出ない。だが聞かずにはいられなかった。


「そうだね……」

「生きて、いるのかな?」


 その問いに狛人くんは答えない。それも彼の優しさなのかもしれない。


「お前ら、はやく来い。終着点で待ち構えるぞ!」


 雪村くんが叫ぶ。


「え? どこ?」


 冷静な判断が出来なくなっている僕には、分からない。しかし、狛人くんは理解しているようだ。


「メリーゴーランドだよ」




 今、中央広場には全員が集まっていた。桜さんたちも帰ってきている。みんな肩で息をしていた。雪村くんは別だが。


 少女は最初のメリーゴーランドに戻ってきていた。ゆっくりと動く白馬に乗って、満足げな笑みを浮かべている。本当に遊んでいただけのようで、マイナスな感情はやはり感じない。


「やはり、ここに戻ってきましたね」

「あぁ、散々遊んでくれたぜ。これで満足だろうよ」


 一番余裕のある雪村くんが、呆れたように言った。


「一応、彼女に影響が出ない程度に、穢場を狭めておきました」

「よし、じゃあ仕上げだ……出てこいよ」


(ん? 誰に……)


 雪村くんがそう言いながら、一歩踏み出した時。


——少女の後方から、おぞましい咆哮が聞こえた。それは何人もの叫びを合わせたような声。


「お前が隠れていたのは知ってるぜ」


 僕は気がつかなかった。もしかしてこれが——


 メリーゴーランドの後ろから、巨大なそれは現れた。人の何倍もある腕や体。その気配は密度が高く、濃い。確かに通常の穢れとは違うオーラを放っている。初めて目にする僕は、足が震えた。狛人くんも声を出せないようだ。


「も、もしかして、これが禍心(かしん)、なの?」

「……どうやらそのようだね」


 僕も狛人くんも、声が少し震えていた。体も震え、その気配の濃さに押しつぶされそうになる。


 だが、それ以上に雪村くんは——恐ろしかった。


「その子のことは諦めな——邪魔だ」


 その一言だけ呟くと、彼の右腕が燃え上がる。そして右腕を突き出すと、炎の柱が禍心目掛けて襲い掛かる。


 炎が禍心を通過すると、体の大部分が燃え……全て消えていった。


 それだけで終わってしまった……雪村くんの力は、やはり次元が違う。


「これで仕上げは終わり。あとは……」


 雪村くんが、今度は少女の方を向く。しかし、少女は怯えているように見える。


 そして……消えた。


「あっ、また逃げた!」百合さんが叫ぶ。

「大丈夫だ。恭介が逃がさない」


 だが、少女は完全に逃げたわけではなく、僕の後ろに移動していた。なぜ、と思うがそれ以上に、別の気持ちが湧いてきた。


「ゆ、雪村くん。ちょっと待って」


 いつもより大きな声が出て、僕が一番びっくりした。


「大ちゃん、そんな声出せるんだー」

「大丈夫? 大祐くん……」


 百合さんが茶化して、桜さんは心配してくれる。けど、これは僕が言わないと駄目だ。


「僕に、任せてくれないかな?」

「お前に祓えるのか?」


 雪村くんに、まっすぐに聞かれて、怯んでしまった。だけど——


「うん、任せてほしい」

「ガキに見えても、害がないように見えても……穢れだぞ」


 そうだ。この子は穢れだ。けど、それは救わない理由にはならない。僕は自分の気持ちに向き合う。


「それでも——僕がやるよ」

「……分かった。好きにしてみろ」


 雪村くんに感謝しつつ、僕は少女の前にしゃがみこむ。目線を合わせて、話しやすいように。少女も目線を合わせて、僕から逸らさない。


「楽しかったかい?」


 答えは返ってこない。だが、何となく感情が伝わるから、手を取ってみる。優しく、僕の気持ちも伝わるように。


 すると——少女の記憶が見えてきた。僕の中で嵐のように渦巻いていた。


 両親と遊んだ記憶。

 事故の記憶。

 動けない体。

 遊びたいという想い。

 忘れられない場所。


「これは……元気だった頃の、最後の思い出」

 

 その時——少女が、こちらを見た。まっすぐに。迷いなく。


「……大祐」


 後ろから、雪村くんの声がした。

 

 おそらく、僕は泣いている。少女の想いに触れて。


 そして、少女は何も言わずに——僕に抱きついた。

 

 その瞬間——全部理解した。


「……そっか」

 

 声が、勝手に出た。


「もう一度、遊びたかったんだね」


 少女を少し離して、目を見て話す。


「……ひとりで、よく頑張ったね」

 

 少女の体が、小さく震えた。穢れが、ほどけていく。

 

 これは——悪意じゃない。怒りでも、憎しみでもない。


「……また、遊べるという、希望なんだね」


 声が震える。だが、まだだ。


「元気だった頃みたいに……走って、笑って……」


 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。


「……それで、みんなの穢れを集めちゃったんだね」

 

 寂しさが、暖かさを求めて。暖かさが、穢れを呼び寄せて。


 少女は、僕の腕の中で——安心したみたいに力を抜いた。


「大丈夫だよ」

 

 僕は、そっと抱きしめ直す。


「もう、ひとりじゃない……僕たちが来た」


 僕は少女の苦しみを癒せるように祈った。


 すると、少女の姿が淡く溶けていく。遊園地を埋め尽くしていた穢れが、夜風みたいに消えていく。


「もう……還っていいよ」


 最後に少女は、微笑んだ。そして、口元が僅かに動いた気がした。


 僕は少女が完全に消えるまで、そのまま動かなかった。誰も口を開かない。


「……お前か」


 しばらくすると、雪村くんの声がした。


「真相に辿り着いたのは」


 僕は立ち上がり、胸に残る温もりを確かめる。


「……うん」

「優しい、祓いだな」

「説得、っていうより……寄り添えたと思う」


 雪村くんは、少しだけ笑った。


「悪くねえ」


 少女は楽しめただろうか。夜の踊り子のように、駆け抜けた穢れ。そうならば報われる。そして僕には、まだやれることがあるはず。


 メリーゴーランドは、もう動いていない。夜の遊園地に、ようやく終わりが訪れる。

 


 


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