表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第四章 それぞれの日々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/37

第29話 休日

29.休日

 

 休日の朝は、音が少ない。

 

 通りを走る車の気配も遠く、窓の外から聞こえるのは、風に揺れる洗濯物の擦れる音くらいだった。


 恭介はキッチンで湯を沸かし、紅茶のティーパックを用意する。慣れた手つきだが、急ぐ様子はない。時間に追われない朝は、それだけで少し気持ちが軽くなる。


「今日は平和ですね……」


 誰に向けた言葉でもなかった。それでも、声に出すことで現実を確かめる癖が、恭介にはあった。

 

 今日は特事からの呼び出しも、連絡もない。こういう日があることを、彼は大切にしていた。


「一人の時間……か」

 

 眼鏡をかけ直し、カップを手に取る。アールグレイの香りを楽しむ。

 

 頭の中を整理するには、静かな時間が必要だ。常に誰かを守る立場にいるからこそ、何も起きない日常が、どれほど貴重かを恭介は知っている。

 

 ふと、本屋に行こうと思った。

 

 最近、新しい本を買っていない。読むことは好きだが、忙しさにかまけて、いつの間にか同じ本ばかりを読み返していた。

 

 外に出ると、街は休日らしい顔をしていた。家族連れや、恋人同士。それぞれの生活が、重なり合いながら流れている。その中にいても、孤独だと感じることは無い。恭介は一人の時間も愛おしいと感じるからだ。

 

 大型書店に入ると、独特の匂いが鼻をくすぐった。紙とインク、少しだけ埃を含んだ空気。恭介はこの匂いが好きだった。並んでいる本を眺めているだけで幸せを感じることができる。


 恭介はまず、ビジネス書の棚へ向かう。効率、成果、成功。並ぶ言葉はどれも強い。だが、それらを必要とする人の不安も分かる。次に自己啓発。前向きな言葉の裏にある焦りや恐怖。ここにも、穢れは溜まりやすい。

 

 そして、ミステリー。謎があり、真実があり、最後には必ず「答え」がある世界。恭介は、この構造に救われる人が多いことを知っている。恭介も最後に意外性をみせてくれる、このジャンルが好きだった。

 

 最後に、時代小説の棚。


「……やはり、落ち着きますね」


 静かな覚悟、無言の選択。言葉は少なくとも、背負っているものが重い人物たち。彼らの生き方は、現代にも通じる。古き時代を生きた者たちの物語。それを懐かしいと思う気持ちもある。

 

 店内を一通り周り終えた時だった。人の流れの中に、わずかな違和感が混じった。空気が、ほんの少し重い。恭介は視線を上げる。


 一人の男性が、本棚の前で立ち尽くしていた。


 背中は丸く、肩が落ちている。履いているスニーカーの踵が潰れていた。片手で棚を支えるようにして、動けずにいる。年齢は四十代前半。スーツは着ていないが、仕事帰りのような疲労が滲んでいた。

 

——穢れだ。濃くはない。だが、絡みつくように重い。

 

 失敗への恐怖。責任の重圧。誰にも弱音を吐けない孤独。彼から漏れる穢れから、そういった感情を恭介は感じ取った。それらが、静かに沈殿している。


 そして、その先にある悲壮な決意も——


 助ける必要があると判断した。見てしまった以上、通り過ぎることもできない。


 男性の手には、一冊のミステリー小説があった。恭介も好きな作家の作品だ。新作として世に出てから、もう一年程は経っているだろうか。


 恭介は、そっと隣の棚に立った。声をかける前に、距離を測る。近すぎても、遠すぎてもいけない。穢れを刺激しないように。否定しない、ただ同じ空間にいる。


 恭介は時代小説を一冊抜き取り、しばらくページをめくるふりをした。そして、少し間を取り口を開く。


「……それ、面白いですよ」


 男性は驚いたように肩を揺らした。


「え……あ、そうなんだ」

「はい。伏線の張り方が丁寧で、最後まで裏切りません」


 それは、本心だった。恭介は、無理に話を広げない。男性は、少し視線を落としながら言った。


「……最近、集中できなくて。途中で読むの、やめちゃうんだ」

「えぇ、そういう時、ありますね」

「これも……最後まで読めるか……」


 その言葉に、穢れがわずかに濃くなる。恭介は気づいたが、表情には出さない。


「それでも手に取っている。それだけで十分だと思います」


 恭介は微笑むでもなく、否定もしない。だた事実を伝える。


「……そう、かな」

「必ず最後の結末まで確かめてください」


 恭介の言葉には気持ちがこもっていた。男性は、はっとして顔をあげる。


「物語は逃げ場所じゃありません。楽しむ場所ですから」


 恭介は言葉に穢力きりょくを乗せて飛ばす。胸の奥が、わずかに冷えた。だが、それ以上の違和感は残らない。


 そして、その瞬間に穢れがほどけた。ゆっくりほどけて消えていく。


 男性は深く息を吸い、ゆっくり吐いた。


「……なんだか、少し元気が出たよ」

「それなら……よかったです」


 それ以上、恭介は踏み込まなかった。男性に背を向け、会計に向かう。


「……ありがとう」


 背後から声がした。


「こちらこそ。本好きの方と話せて良かったです」


 振り返ると、男性は少しだけ背筋を伸ばして立っていた。手には、先ほどのミステリーと、恭介が手にしていた時代小説。


「良い読書を」


 それだけ言って、恭介は店を出た。夕方の光が、街を柔らかく包んでいる。特別なことはしていない。名前も知らない。


「今日は……やはり平和ですね」


 本の入った袋を持ち、恭介は歩き出す。誰にも気づかれない休日。だが、名も知らぬ人の心を少しだけ軽くした。


 それで十分だと、恭介は思うことにした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ