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穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第三章 孤独な闘い

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第25話 美しい稲妻

25.美しい稲妻


 今この空間では、雪村くんと百合さんだけがスポットライトを浴びて存在している。倒れた彼女を抱え起こしている彼。二人の姿がとても絵になっていたので、僕らは世界に取り残されていた。


「俺と共に来るか?」

「うん——どこまでも」


 百合さんの意思を確認すると、雪村くんは静かに目を閉じた。


 そして——彼の右腕が燃え上がる。いつもとは違う、蒼くて長い炎。それはとても美しく、そしてよこしまなものを許さぬような冷たさがあった。


「この腕が、怖いか?」

「怖くないよ。綺麗だなって……」


 心底見惚れているように百合さんは呟いた。その反応を見て雪村くんも、軽く微笑む。これから何が行われるのだろう。僕にとっても初めてのことになる。


 ふと、雪村くんが右腕を振りかぶった。


「おまえの刃を見せてみろ」


 何を——


 僕の心配をよそに、百合さんはどこ吹く風だ。全てを雪村くんに委ねている、そんな表情。


——そして、彼の拳が彼女に振り下ろされる。


「……っ!」声を漏らして、百合さんは天を仰いだ。


 それは不思議な光景だった。雪村くんの右腕が肘の辺りまで、百合さんのみぞおちの辺りに入っている。腕が入っている部分は、水面に触れたかの様に、波立って見える。そして、腕は体を貫通していない。


(な、なんだこれ?)


 百合さんは痛そうにしていない。むしろ何かに陶酔しているような感じだ。彼の炎は全て彼女の中にある。それが当たり前かの様に、彼女は受け入れていた。


「何が起こるか分かりません。大祐くん、下がってください」


 恭介くんに言われて、彼の立つドア付近まで後退した。桜さんも距離をとっている。


 やがて、部屋の中で雷鳴が轟いた——部屋の中なのに何故。だが雷鳴は一度きりではなかった。低く腹の底を揺らすような轟音が、何度も空間を叩く。

 

 そんな状況下でも、二人は別世界にいる。雪村くんの腕が、百合さんの内側でゆっくりと動いていた。まるで何かを探るように、彼女の奥へと沈んでいく。


「……見つけた」


 その声は、確信に満ちていた。次の瞬間——百合さんの身体が、大きく跳ねた。


「——っ、ぁ……!」


 苦悶とも、快感ともつかない声。背中が弓なりに反り、指先が痙攣する。やがて、雪村くんの腕が引き抜かれようとしている。


 同時に——眩い光と轟音が響き、二人に稲妻が落ちた。驚いて顔を上げると空が見えた。ここまで天井を突き破り落雷したようだ。


「雪村くん! 百合さんっ!」

「大丈夫ですよ……ほら」


……二人は無事だった。安心したが、僕の動悸は治まらない。


 すでに雪村くんの腕は、百合さんから抜かれている。炎も消えている。そして、彼は手の中に何かを持っていた。


 五寸釘。黒くて、綺麗で、冷たい一本の釘。祈りも呪いも、どちらも籠っていそうな危うさがある。明らかに、それはただの釘じゃなかった。わずかだが、放電している。細く、鋭く、意思を持つように瞬く稲妻。


「……あれが……百合さんの……」


 僕の喉が、ひくりと鳴る。雪村くんは五寸釘を、百合さんに優しく握らせた。


 その瞬間——


「……っ!」


 百合さんが、はっきりと息を吸い込んだ。閉じられていた瞳が開く。


——その奥で、雷光が弾けた。


「……そっか」


 静かな声だった。


「これが……うちから……」


 握られた五寸釘から、雷が溢れ出す。まるで返事をするように。喜ぶように。そして、百合さんはまるでそれが宝物かの様に、大切そうに胸に抱く。とても安心した笑顔で、優しく抱きしめている。


 百合さんは、五寸釘を胸に抱いたまま、しばらく動かなかった。雷も、嘘の様に静まり返っている。


——その時だった。


「……ゆ、百合……?」


 弱々しい声。床に座り込んでいたひなのさんが、顔を上げた。焦点の合わない目。歪んだ笑み。身体を覆う穢れが、今までよりもはっきりと形を持ち始めている。


「百合……? どうなって……ここ……?」


 うわ言のように呟き、ふらりと立ち上がる。


「百合、あんなに……殴られて……な、んで平気なの?」

「みんなが……仲間が助けてくれたから」


 まだ、ひなのさんは普通の状態ではない。だが会話は出来ている。落ちかけているのに、すごい精神力だ。しかし、百合さんの言葉で彼女の歪んだ笑みが、怒りの表情に変わる。


「そう……あなたにも出来たのね。大切な人が」

「ひなの……」


 その瞬間、穢れが一気に膨張した。


「なら、わかるでしょ? 私の……気持ちが!」

「違うよ。うちとひなのの気持ちは、全然違う」

「なんでそんな事が言えるのよ! あんたは、昔からそうだった」

「ひなの……」

「いっっっつもぉぉ、私をぉぉ、見下してぇぇ」


 違う。百合さんもそう叫びたいだろう。ただ、その声は今は届かない。


——堕ちる。理性の最後の膜が、破れたのが分かった。穢れの奔流が始まってしまった。


「あんたなんかぁ、大っ嫌いいい!」

「……っ」

 

 百合さんの手が震えている。五寸釘を握る指に、力が入っていない。目の前で、大切な人が壊れていく恐怖が足を止める。


「百合」

 

 雪村くんの声が、低く響く。


「止まるな、選べ」


 それだけだった。助けたい。戻したい。でも——もう、戻らないかもしれない。百合さんの肩が小さく震えた。


「……ごめん」ひなのさんに向けて、そう呟く。

「うちは……最後まで……見捨てないって決めたから」


 顔を上げた百合さんの目に涙はない。そこにあったのは覚悟と信念だけだった。


「ひなのが、そんな風に思ってるなんて知らなかったよ」


 百合さんは、雪村くんの腕の中から自ら離れ、立ち上がる。そして、一人でひなのさんと向き合った。約束を果たす時が来た。


 少しの間、彼女たちは見つめ合う。言葉はない。


 静寂の時間——そして、ひなのさんが先に動いた。彼女であって、彼女ではない何かが、百合さんに向かって体を投げ出す。


(危ない!)


 だが、後で動いた百合さんの方が速かった。自分に向けられた悪意などものともせず、彼女は立ち向かった。


 百合さんは、ひなのさんを両手で抱きしめた。ひなのさんの動きが止まる。


「ごめんね。気持ち分かってあげられなくて……」


 抱きしめたまま気持ちを伝える。


「うちは——ひなのが大好きだよ」


 理性はもう既に無くしているはずのひなのさんが、涙を流した様に見えた。


 百合さんは、右手の五寸釘を空にかざした。そして——


鳴神なるかみ


 その宣言と同時に、雷が落ちた。眩い閃光。音を置き去りにするほどの速さ。稲妻は、二人を包み込み、穢れだけを正確に撃ち抜く。

 

 悲鳴はなかった。あるのは、光と——静寂。雷が消えた後、そこに残っていたのは、抱き合う少女たちと、澄んだ空気だけだった。


 百合さんの手から五寸釘が落ちる。床に触れる直前、それは霧のように消え去った。


「……終わったの?」


 僕の呟きに誰も答えない。百合さんは、ただ抱きしめていた。本当に強い人だ。そして優しい。百合さんは泣いていないのに、僕が泣きそうだった。


 雪村くんは、その背中を見つめて、静かに言った。


「取り戻せたな」

「……うん、ありがと」


 百合さんは笑顔で答えた。その笑顔は、失うことを知った人間だけが持つ、強さの色をしていた。


 美しい稲妻は穢れを消し去った。しかし、それ以上に彼女の笑顔と信念は、尊く美しい。




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