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穢祓師 ―穢れを祓い、絆を紡ぐ学園異能譚― Xblades  作者: 早谷 蒼葉
第三章 孤独な闘い

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第24話 失いたくないから

24.失いたくないから


 そこは穢れの溜まり場だった。穢場けがればによる封界ふうかいと同時に、僕たちは踏み込んだ。人数が多く濃度が濃い。むせ返るような匂いに気持ちが悪くなる。


 百合さんが部屋の奥で倒れていた。


「百合さん!」


 僕は思わず叫んでしまった。そのせいで堕落した男たちの視線を集めてしまった。いつもなら怯んでしまうところだが、今は怒りの感情に支配されているので、恐怖を感じていない。自分にこんな強い感情があることに少し驚いた。


 百合さんのとなりに、座り込んでいるのは……ひなのさん。でも、何かがおかしい——


 ひなのさんは、腰を地面におとした姿勢になっている。虚ろな目で、じっと百合さんを見ているが動かない。まるで壊れた人形のように。


——ひなのさんも堕ちている……ように見える。でも他の男たちと違う。暴れていない。


 ふと、桜さんが一人で前に出た——何も言わなくても分かる。桜さんはきっと……


「あなたたち、何をしたの?……百合さんに——何をした?」


 太陽のように笑う桜さんの、本気の怒りに触れ僕は動けなくなった。まばゆい光のような彼女に、こんな暗くて熱い炎のような一面があることを想像できなかった。


「よくも……よくも私の友達に!」


 彼女の周りに霧のような靄が立ち込める。それは穢れが形を変えて霧となり、彼女を守るように体を包み込んだ。桜さんは両手を重ねて左胸の位置、心臓の場所に手を置いた。


——そして——


「咲き誇れ……夜櫻よざくら


 桜さんの穢れが一気に膨れ上がり、その左胸に集中する。彼女は右手を握り、胸から右手を離していく。——そこに、いつの間にか日本刀の柄が握られていた。そしてゆっくりと引き抜いていく——


——出てきたそれは闇を体現したような、黒い日本刀だった。刀身だけでなく、柄も鍔も黒い。太陽のイメージである桜さんとは正反対の漆黒の黒だった。全てを飲み込みそうな闇がそこにあった。その闇を持つ彼女は、普段と違う美しさがあったが、僕は寒気を覚えた。


「桜、こいつらは任せた」


 雪村くんが背中に声を掛ける。振り返りもしないが、自然体で立つ背中が了解と答えている。そして——


「あなたたちの事——許さない」


 桜さんが言葉を発すると同時に穢れが迸る。その凝縮された穢れは、触れただけでこの世のあらゆる物質を、何でも両断できそうなほどに堅く鋭い。これが桜さんのSB、ソウルブレイドなのか。


 やがて、桜さんはゆっくりと夜櫻を構える。凶悪な武器を優雅に構えるその姿は、ある種の破壊的な美しさがあった。そして闇が動く——


一夜目いちやめ夜霧(よぎり)——」


 その時、黒い閃光が走った——桜さんの姿が闇にのまれて、残像だけを残して部屋中を縦横無尽に駆ける。堕ちた男たちは動くこともできずに、ただ斬られただけだった。いや、斬られた瞬間は見えてない。そう感じることしか出来なかった……


「心の霧は晴れたわ——そこで寝てて」


 冷たい目で桜さんが、男たちを見下ろしている。彼女の激しい一面を見た。しかし、それは大切なもののために怒れる、彼女の優しさであり強さだ。


 そこで僕は百合さんに意識を向けた。すでに雪村くんが百合さんを抱え起こしている。ひなのさんの動きは完全に停止したままだ。僕もすぐに駆け寄って状態を確かめる。


……酷い、かなり殴られたらしく、顔も腫れ上がっている。女の子にすることじゃない。そんな理性を無くしてしまうA.V(アーヴィー)を僕は改めて憎む。


 百合さんは何とか意識はあるようだ。僕はすぐに治癒の力を解放する。すぐに治す、絶対に。


「ゆ、ゆっき……な、んで……」

「お前の覚悟……見えたぜ。よく逃げなかったな」

「うそ、つき……」


 治癒の力を流し込み、顔の腫れも引いてきた。少し呂律も回ってきたようだ。


「う、うちの問題だって……約束した」

「あぁ、そうだな」

「なら、なんで? 大ちゃんまで……」


 もうほとんど傷は癒えた筈だ。僕の感覚がそれを告げる。後は……心の問題だ。よほど怖い思いをしたに違いない。


「お前たち二人の事に手出しはしない。それが百合、おまえとの約束だろ?」

「そうじゃん。だから——」

「ひなのはお前が助けろ」

「……!」


 百合さんの言葉を遮って。雪村くんが告げる。確かに雪村くんは屋上で、二人の事というのを強調していた。


「それ以外のことは、おまえの問題じゃねぇ。俺たちの問題なんだよ」

「……屁理屈じゃん」

「そうかもな……だが、事実だ」


 平然と言い切る雪村くんに、さすがの百合さんも言葉を失っている。いろんな思いが交錯しているのだろう。ほんの数秒の間——やがて百合さんの気持ちが爆発する。


「うちは、巻き込みたくなかった! ゆっきーたちを!」


 雪村くんは何も言わずに聴いている。


「うちのために、危ない事……そんなのいや!」


 桜さんは雪村くんの後ろに立ち、黙って耳を傾けている。


「みんなが強いの分かってたよ。なんか普通じゃないって思ってた。大ちゃんだって……不思議な力持ってるし」


 名前を呼ばれて、少し胸が跳ねたが僕も何も言わない。


「きょーちゃんも、守ってくれてるんでしょ? なんかそんな感覚がするの……」


 驚いた。「きょーちゃん」とは恭介くんのことだろう。恭介くんが穢場で護っていることを、百合さんは感覚で察知しているようだ。それほど彼女の力は強いということになる。


「だからこそ、うちは巻き込みたくなかった! そんなの——ゆっきーたちのこと、利用しているみたいじゃん」


 百合さんの瞳は涙で溢れそうになっていた。


「みんなと同じでいたかったのに。そのためなら、うちは自分のことなんて、どうなっても良かったのに。なんで——なんで、来たのよ!」

「お前を失いたくないからだ」

「——っ」


 雪村くんの言葉に百合さんは再度言葉を失った。ただ先ほどより表情は柔らかい。僕たちの想いと百合さんの想い。求めていたものは違っても、重なる気持ちもあったはずだ。僕たちは本当の意味で彼女を失いたくなかった。その気持ちに従っただけだ。


 二人は見つめあっていた。その視線にいくつもの言葉を乗せて。百合さんの目には既に怒りではなく、別の感情が宿っているように見えた。沈黙を破ったのは、雪村くんだった——


「百合、お前は誰よりも強い。だが……弱い」

「……うん」

「お前の心を守るための力……俺が見つけてやる」

「……」無言——だが拒んではいない。

「俺と共に来るか?」


 百合さんは少し俯いた。だがすぐに顔を戻し、雪村くんだけをまっすぐに見つめて——


「うん——どこまでも」と笑顔で答えた。


 僕たちは、ようやく百合さんの本当の笑顔を見る事ができたのかもしれない。


 そして、雪村くんは静かに目を閉じた——


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