第15話 ふたりごと
15.ふたりごと
放課後。まだ人のたくさん残っている中で、いつものメンバーで集まっていた。
雪村くんは早退はほとんど無く、登校すると最後までいることが多い。昨日僕が見たことを報告することにした。
「……という訳なんだよね。……前よりもアレが視える力が強くなっている気がする」
大きな声で穢れという単語は出せないので、どうしても声が小さくなり、内緒話みたいになってしまう。みんな自分の予定に集中しているので、誰も聞いていないだろうが、念のため用心はしていた。
「そりゃ、そうだろ」と雪村くんが即答する。
「この学園にいたら、能力に対する影響は受けますよ」
「というよりも、雪村さんの近くにいる影響ね」
すっかり落ち着く場所になった、いつもの四人。そこに自然に参加している自分が嬉しい。ふと、周りを見渡すと狛人くんはいなかった。カバンが置いてあるので、まだ帰ってはないようだ。
「この辺は都会だから、やっぱり危険も多いのかな?」
僕は思ったままを口にした。
「そう……ですね。何やら怪しいドラッグの話もありますから。大祐くんも気をつけて下さい」
「何かあったら、すぐに教えてね」
二人の言葉に、僕は素直に「ありがとう」と答えた。雪村くんは特に興味なさそうだ。
そのタイミングで、狛人くんが教室に戻ってきた。手に数枚のプリントを持っているので、職員室にでも行っていたのだろう。声をかけるか迷っていると、彼の横からひょっこり顔を出す女の子がいた。
「おっつー!ゆっきー久しぶり!」
「おー、百合どした?」
明るい髪色と着崩した制服で、全体的に派手な印象だ。これがいわゆるギャルという人種なのだろうか。百合と呼ばれた少女は、手を振りながら言葉を放つ。
「麻衣は、……もう帰った?」
「あぁ、すぐに帰ったぜ。歌だのダンスだので忙しそうだったな」
「あー、アイドルの?」
詳しくは知らないが、大和学園でアイドルデビューの話がすすんでいるらしい。うちのクラスからも四人選ばれていて、デビュー間近だとか。本当に都会の学校はすごい。
「百合はやらないのか?」
「うち?……やだぁー、柄じゃないし」
「そうか?百合も可愛いぞ」
「ゆっきーは誰にでも言うからな……でも、ありがと!」
彼女は少しだけ頬を染めていた。何だか盛り上がっているので、そろそろ気温が下がってきそうだ。というか、寒くなってきた。退散することにしよう。
「狛人くん、帰らない?」
「うん、いいよ」
二人で帰り支度をしていると、意外なところから声をかけられた。
「ねー、そこの二人って、昨日あそこの商店街にいなかった?」
振り返ると、彼女がこっちを見て、僕たちが答えるのを待っていた。澄んだ瞳で見つめられて、思わず背筋が伸びる。
「は、はい、…いました」
「何で敬語?」と彼女は軽く笑う。
「そ、そうだね……」
今まで、関わりがなかったタイプの人と話すのは、正直かなり緊張する。それでも不思議と逃げたいとは思わなかった。
彼女はそれ以上踏み込まず、「じゃあ、気をつけなよ」とだけ言って、雪村くんの方へ向き直った。
彼女の興味が、僕たちから逸れたことを確認してから学校を出た。どういう意味の注意喚起だったのだろうか。小さな疑問だけが残った。
夕方の空気は、昼よりも少し冷たい。並んで歩いていると、昨日と同じ道なのに、感覚だけが違うことに気づく。なるべく商店街の方へは近づかないようにはしたいが、帰り道なのでどうしようもない。
「なるべく早く通り抜けよう」と、僕は提案する。
「そうだね」
お互い早足で歩いているが、嫌な感じは強くなるばかりだ。
「……なんか、今日はもっと嫌な感じしない?」
狛人くんが、小さな声で言った。
「うん……昨日より、重い気がする」
商店街に差しかかると、その理由がすぐに分かった。昨日言い争っていた男たちが、またそこにいた。今度は二人だけじゃない。互いに仲間を連れて、人数が増えている。
「ドラッグの客、横取りしただろ」
「知らねぇって言ってんだろ」
言葉の端々に、金の匂いが混じっている。ドラッグ。その単語が聞こえた瞬間、胸の奥が冷えた。彼らは罵り合いながら、裏路地へと姿を消した。
「狛人くん……行ってみよう」
「えぇ……関わらない方がよくない?」
「さすがにほっておけないよ」
「……無茶はしないでよ。」
押し合いながら裏の方へ向かっていく集団を、僕らは追いかけた。メインの通りから外れ、少し奥まった場所にある公園に集結している。
公園には少し人がいたようだが、男たちのせいでみんないなくなってしまった。今は二つのグループが独占している。
僕たちは隠れながら様子を伺っている。しかし、状況は悪くなる一方だ。影が昨日よりもはっきり歪んで見える。
「……これ、止めたほうがいいよな」
狛人くんの声は震えている。僕も同じだった。止めなきゃいけない。でも、解決方法が思いつかない。お互いが同時に声を発する。
「大祐くん、これは危険だよ……」
「今から人を呼んで、間に合うかな……」
僕たちの呟きは、まるでふたりごとのようなもので、全く噛み合わない。そして騒ぎはどんどん大きくなり、穢れの気配も強くなっていく。
その時、男のうちの一人が、何やら錠剤のような物を口に放り込むのがみえた。まわりの男たちが、焦り今まで以上に騒ぎ出す。
「テメェ、やる気だなっ!」
「っ!くそっっ、俺らもやるしかねぇ!」
「ボケがぁっ、無茶しやがって!」
他の男たちも、次々と何粒もの錠剤を口に入れる。声が荒れ、空気が張り詰めていく。昨日とは、明らかに違う。
——ついに始まってしまった。
男たちが怒号を上げながら拳を振う。口や目元が切れ、手から出血しているものもいる。誰もが痛みを感じていないようで、もう引き返せる場所ではなかった。
時間が進めば進むほど、怪我人が増えていく。男たちの目はもはや正気を失い、暴力の衝動だけで動いているように感じる。僕はどうすることも出来ずに、見ているしかない。
——穢れの奔流が始まった。いくつかの波が重なり、一つの大きな流れになる。その時は近そうだ。
「大祐くん、これは—-—」
焦りがますます混乱を加速させる。自分の無力感に押しつぶされそうになる。何のための力だ——
やがて、その時は訪れる。
誰かが狂ったように笑い出し、それが引き金となり——堕落が始まった。体を包む不快感が僕たちを襲う。しかも今回は多数の人が堕ちている。止められない。
自分の言動を責める前に、何とか狛人くんだけでも安全なところへ……
「は、狛人くん、こっちへ……」
手を伸ばすが、反応が無い。初めて堕落を目の当たりにすると、誰しも動けなくなる。僕もそうだったから当然だ。無理矢理にでも連れて行こうと決意した瞬間——
——温かな淡い光が公園の中に広がった。その光は辺りを一瞬で包み込んだ。
(これは……穢場!)
だが、以前の穢場よりも静かだ。守られているのに、どこか張り詰めている。しかしこの体を包む安心感は……
僕の思考はそこで止まった。その時、後ろから不意に声が聞こえてきた。
「大祐くん、下がってください」
「えっ……あ……」
まともに返事が出来ない僕の後ろに、いつもの冷静な表情で恭介くんが腕を組んで一人佇んでいた。まるで彼の立つ場所だけが、別世界のように穏やかだ。
優雅な仕草で眼鏡を外しながら、彼が口を開く。
「大丈夫です……私が祓います」
「……け、けどっ——」
言葉を発しかけた僕を、恭介くんは涼やかな目だけで黙らせた。そして、前をみて唄うように、世界に言葉を投げかける。
「終わりの慈悲を……ミセリコルデ——」




