エピローグ(下)
朝の出撃前。
天啓庁の詰所に、三人の足音が重なる。
「……お前、どうしたんだよそれ」
正面から歩み寄ってきたキサラギが、目を細めてネツレイを見た。
眼鏡を外し、髪を軽く整えただけのはずだった。
だが印象は大きく変わり、どこか鋭さを増した顔立ちがそこにあった。
「似合わねぇことしやがって。イメチェンか?」
「……気分だ」
ネツレイは苦笑し、肩をすくめて返す。
腰には、以前のスティレットではなく一本の長葱剣が帯びられていた。
鮮やかな緑の刀身は、光を受けるたびに柔らかな輝きを返す。
「その剣……新しく買ったんですか?」
隣で歩いていたニシナが、不思議そうに目を丸くする。
そして少しだけ微笑みながら、ぽつりと付け加えた。
「……まるで、神話に出てくる豊穣神の剣みたい。すごく……綺麗です」
その一言に、ネツレイの胸がふと締めつけられる。
何気なく口にされた「豊穣神」という呼び方。
——今や誰もが知っている概念として、義務教育の教科書にさえ記されている存在になっていた。
全ての魂を護り、この世界に実りをもたらした“守護者”。
(……あぁ、そうか。そういうことなんだな……)
名前を呼ぶ者はいない。
けれど、その存在は確かに世界に刻まれている。
もはや忘れられることも、消えることもない。
ネツレイは静かに剣を握り直す。
胸の奥で込み上げた痛みを押し殺し、前を向いた。
「——行くぞ」
短く言うと、ニシナが頷き、キサラギも肩を並べる。
三人の背後で、朝の光が広がっていく。
変わった世界の中で、彼らは今日も戦う。
全ての魂を護った“豊穣神”が遺した未来を歩むために。
ネツレイの背には、確かに今も——ふざけた調子で笑いながら並んで歩く“あの存在”の影が寄り添っていた。




