魂の輪廻(2)
数日後。
訓練場で休憩中、キサラギがキャラメルを片手に笑っていた。
「しかしよ、“天使との契約”のおかげで誰にも魂を奪われないなんてさ。安心感が全然違うな」
ニシナも頷きながら微笑む。
「だからって頑張りすぎないでくださいね……まぁ、死んでも天使さんが一緒にいてくれますけどね。当たり前ですけど」
「……死んでも……一緒?」
ネツレイの指が、わずかに震えた。
その時、背後から聞き慣れた声が毒の匂いとともに落ちてきた。
『フン……死んでまで俺に面倒を見させる気か。お前はどこまで真面目に縛られてりゃ気が済むんだ、ネツレイ』
皮肉と毒気は相変わらず。
だが、言葉の意味はおかしい。
以前は「死んだら魂ごと喰ってやる」と笑っていたはずの相棒が、今はまるで“死後も共に寄り添う守護者”のように振る舞っている。
「おい……お前ら、本気で言ってんのか?」
思わず声を荒げる。
「契約ってのは、本来“魂を差し出す”もんだっただろ? 死んだら天使の糧になるって、そういう——」
キサラギが怪訝そうに首を傾げる。
「なんだよそれ。どこでそんな冗談仕入れてきたんだ?」
ニシナも小首をかしげ、困ったように笑う。
「ネツレイさん……疲れてるんじゃないですか? そんな危ない契約、存在するはずないでしょう」
言葉が、胸の奥で崩れ落ちる。
自分以外の誰も、“犠牲の契約”を知らない。
まるで最初から、世界の理がそうだったかのように。
「……っ」
ネツレイは眼鏡をかけ直し、俯いた。
「……そうかよ。俺の勘違いかもしれねぇな」
二人が笑い合う声の中で、ネツレイだけが笑えなかった。
脳裏に蘇るのは、炎に抗いながら叫んだナヅキの姿。
「そんなくだらないもんが——世界を救うことだってあるんだぜ!」
その声が、今も耳に焼き付いている。
「……あいつのことを、俺だけは忘れねぇ」
誰にも聞こえない声で呟き、拳を膝の上で固く握りしめた。
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その夜。
寮の屋上に上がったネツレイは、人気のない夜空を仰いでいた。
冷たい風が頬を撫で、星々が冴え冴えと瞬いている。
「……結局、俺だけか」
小さく呟いた声は、風に溶けて消えていく。
「ほんと、厄介なやつ……」
空を睨みつけるように眼鏡を押し上げ、拳を固く握る。
目頭が熱くなるのを、必死に堪えた。
だがその時——。
『……俺はいつでもここにいるぜ』
不意に、懐かしい声が響いた。
風に混じるように、確かに届いたその声は、夢か幻か判別できない。
ネツレイはハッと息を呑み、周囲を見渡した。
しかし、どこにも姿はない。
「……そうかよ」
口元にかすかな笑みを刻む。
「なら、俺も——忘れねぇからな」
星の光が眼鏡に反射する。
その下で、彼の瞳は強く輝いていた。
やがてネツレイは夜空へと視線を戻し、小さく頷いた。
誰にも聞こえない、けれど確かな約束を交わすように。
夜空の瞬きは静かに続き、世界は新しい理の下で巡り始めていた。




