魂の輪廻(1)
黒竜の咆哮が途絶えた瞬間、夜の森を覆っていた闇が静かに溶けていった。
ナヅキとサラダの天使が一体となった光は、大地を包み込み、やがて世界そのものへと広がっていく。
——契約の理が、書き換えられる。
魂を差し出し、天使に奪われる契約は最初から存在しなかったことになる。
誰も“犠牲”を前提に戦う必要のない、新しい世界。
ナヅキは「魂の輪廻」を司る豊穣の神として昇華し、仲間と人類をその理の中に抱き込んだ。
——夜の森に、静寂が戻っていた。
キサラギがゆっくりと瞼を開け、息を吐く。
「……終わったのか」
隣で身を起こしたニシナも頷き、疲れ切った表情を見せる。
「そうですね。……まさか私たち三人で、魔王を討てるなんて」
「三人で……?」
ネツレイは言葉を繰り返し、顔をしかめる。
キサラギは怪訝そうに彼を見た。
「そうだろ? 俺とお前とニシナ。最初から、この三人でやってきたじゃねぇか」
ニシナも困ったように微笑む。
「どうしたんですか、ネツレイさん。夢でも見てたんですか?」
ネツレイの胸に、釈然としない重さが広がっていく。
——いや、違う。俺たちは……四人だったはずだ。
でも、言葉にしようとした途端、喉が詰まる。まるで名前ごと、世界から消し去られてしまったかのように。
そのままモヤモヤを抱えたまま、ネツレイは二人と共に天啓庁へ戻り、任務の報告を終える。
チェリーに頭を下げるときも、誰ひとり「ナヅキ」という名を口にすることはなかった。
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夜。寮の部屋へ戻ったネツレイは、扉を開けた瞬間に息を呑んだ。
机の上には、キサラギの散らかしたメモ用紙やニシナの丁寧に並べられた本がそのまま残っている。
ベッドも三つ——自分の布団と、きちんと整えられたニシナのものと、毛布が半分はだけたままのキサラギのものがある。
そのどれもが、見慣れた光景のはずだった。
だが——そこにあるべき四つ目の痕跡が、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。
壁際のスペースは不自然に詰められ、ナヅキのベッドは影すら残さない。
机の引き出しも三人分しかなく、共用のカップや散らかし気味の洗濯物の山も、跡形もなく消えている。
あれほど生活の中に転がっていた“ナヅキの気配”だけが、丸ごと切り取られたように。
「……消えてる」
喉が勝手に震え、声が漏れた。
つい数日前まで、くだらないことで言い合いをして、深夜にリンゴを焼いて分け合っていた。
布団に潜り込むときも「お前、足冷てぇんだよ」と文句を言いながら笑っていた。
それが、この部屋にはもう、どこにもない。
ネツレイは拳を固く握りしめ、俯いた。
「……あいつ、ほんと……勝手すぎんだよ……」
目の奥がじんと熱くなる。
「一緒に帰るって言ったくせに……最後まで、俺たちに何も言わねぇで……」
唇を噛み、胸の奥で言葉が渦を巻く。
ナヅキだって、本当は一緒に生きて帰りたかったはずだ。
唐揚げを食って、くだらない冗談を飛ばして、文句を言いながらでも笑って——そんな日常を、心の底では望んでいたに決まっている。
それなのに。
自分の小さな幸せを丸ごと捨ててまで、世界全体の幸せを選んだ。
まるで当然のことのように。
「……そんなもん、納得できるかよ……」
声はかすれ、拳が震える。
誰よりも仲間を欲しがっていたくせに、最後の最後で一人で全部背負って、いなくなった。
その不条理に、悔しさと悲しさが胸を焼いた。
暗い部屋に、自分の声だけが虚しく響く。
ニシナとキサラギの寝息が隣から聞こえてくるのに、どうしても心は満たされない。
ベッドの端に腰を下ろし、じっと壁を見つめる。
そこにはかつて、ナヅキの笑顔や声があった気がする。
その温もりを、必死に手探りで思い出そうとしながら。




