対等の契約(2)
「なに言ってんだよ……!」
ナヅキが目を見開く。
キサラギの瞳には決意が宿っていた。
「最後の光弾で、この竜の心臓を撃ち抜く。……俺の命を燃やし尽くせば、それができる」
花火の天使が淡く微笑み、囁いた。
『それが望みなら……君は最高の光になる』
「ふざけんなよ!!」
ナヅキの怒声が轟いた。
「お前が犠牲になってまで勝つ意味はねぇ!」
彼は一歩前に踏み出し、声を張り上げた。
「お前が助からなきゃ、ニシナが泣くだろが! 誰もそんなこと望んでない……!」
キサラギは息を呑んだ。
「……でも、このままじゃ……!」
「だから俺が変えるんだ!!」
ナヅキの胸に、サラダの天使の声が響く。
『……ナヅキ。私たちの契約も、そうだろう? お前が死ねば、私は魂を奪う。それが決まりだ』
「……知ってるよ」
ナヅキは空を睨み、奥歯を噛み締める。
「でも……俺はそれを覆したい。テメェに魂をやる気はねぇ」
サラダは沈黙し、やがてかすかに笑った。
『お前は昔から、好き勝手言うやつだ』
「欲張りでもなんでもいいさ。でもな——!」
ナヅキは仲間を背にかばい、黒竜へと剣を構えた。
「俺と一緒にあり続けるんだよ! 奪うんじゃなくて、共存するんだ! これからもずっと!」
その言葉は、炎より熱く、嵐よりも力強く夜を貫いた。
従来の契約——死後は魂を奪われ、天使の糧になる運命を否定する宣言。
サラダの天使の瞳が大きく揺れた。
『……死んでからも……か。人間の魂を奪うことなく、共にあり続ける契約……』
言葉は震え、だがそこには確かな喜びが宿っていた。
『そんな在り方が……この私に許されるのか?』
「許すとかじゃねぇ! 俺たちが選ぶんだ!」
ナヅキの叫びが夜空に響く。
「俺とテメェが、これから先もずっと一緒にいるって決めるんだ!」
緑光が森を包む中、サラダの天使の声が低く震えた。
『……ナヅキ。思い出すよ。お前と最初に出会ったあの時のことを』
「……最初?」
ナヅキが息を呑む。
『廃れた神社の祠で、適当に「お前でいいや」と私と契約したあの時だ。……お前が俺を“サラダの天使”なんて冗談半分に呼んだから、私はずっとそう振る舞ってきた』
ナヅキは一瞬、呆気にとられて笑った。
「……あー、そういや、言ったかもな。野菜ばっか勧めてくるから、つい」
サラダは小さく息を漏らす。
『だが、本来の私は“豊穣”の天使だ。命を育み、実りを与える存在。あの瞬間から、本来の“奪わず育む”力は……契約制度に縛られ、その役割は深く眠らされていた。』
「じゃあ……ずっと眠ってた力を、今起こすってわけか」
ナヅキが笑みを浮かべ、剣を握る手に力を込める。
『……ああ。お前が“犠牲を拒む”と叫んだからこそ、目を覚ませた。
奪う契約じゃなく、共に在る契約——それを選ぶ資格は、お前にしかない』
緑光はさらに強く輝き、焼け爛れた森の枝先に新芽が芽吹いた。
ナヅキはにかっと笑い、叫んだ。
「だったら遠慮なくやるぜ! 俺と“サラダの天使”が、本物の実りを見せてやる!!」
次の瞬間、サラダの天使はまばゆい光に包まれた。
淡い黄緑の羽は幾重にも広がり、森に芽吹きを呼び戻す。
腐った土から新たな草が顔を出し、焼け焦げた木々の枝先に若葉が芽吹く。
『……お前となら、それができる。死してもなお奪わず……共にあり続けるための契約を——ここに結び直そう』
緑光がナヅキの胸を満たし、長葱剣から奔流のように迸った。
その輝きは仲間を包み込み、焼け爛れた森を再生させる。
「これが……俺とサラダの、“対等の契約”だ!」
魔王の竜眼が、初めてわずかに揺らいだ。
その眼差しには、ほんの一瞬、畏怖に似た影が浮かんでいた。




