魔王の顕現(3)
黒竜の吐息は灼熱の嵐となって森を焼き尽くした。
枝葉は一瞬で灰に変わり、土は赤く爛れ、空気そのものが灼ける。
「っ……熱……!」
ニシナが腕で顔を庇いながら後退する。
だが彼女の髪はすでに石化の波動を帯び、竜の鱗を掴むべく伸び上がっていた。
「まだ効かねぇか……!」
ネツレイが銀刃を閃かせ、炎の隙間を突き抜けて竜の翼膜を狙う。
鋭い金属音が夜に響き、火花が散った。だが黒鱗は分厚く、傷は浅い。
「お前ら、間合いを開けすぎんな!」
ナヅキが長葱剣を担ぎ直し、炎を切り裂くように前へ踏み込んだ。
「俺が囮になる! 全員でぶちかませ!」
「囮だと? 馬鹿を言うな!」
キサラギが叫び、閃光弾を連続で放つ。
白く眩い花火の爆裂が竜の眼を覆い、わずかに巨体の動きが鈍る。
「今だ——!」
ニシナの髪が竜脚に絡みつき、石化の波紋が鱗を走る。
同時にネツレイがその隙を狙って刃を叩き込むが——
「フンッ!」
魔王は低く鼻を鳴らし、わずかに脚を振るだけで衝撃波を生んだ。
ニシナの身体は宙に弾かれ、ネツレイも地に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
「っああっ!」
二人の呻きが重なるのを見て、ナヅキの瞳が燃え上がった。
「やめろっつってんだろうがあああッ!!」
長葱剣を大きく振りかざし、夜空を裂く光の斬撃が黒竜の胸板を直撃する。
轟音と共に鱗が弾け飛び、巨体がよろめいた。
「ナヅキ……!」
ニシナが必死に立ち上がり、涙に濡れた視界の中で彼の背を見つめる。
黒竜は低く笑う。
「……その程度で我を傷つけたつもりか。
仲間を庇い、共に立つこと……それが如何に脆く儚いか、知らぬらしい」
夜の森を震わせる黒竜の咆哮。
巨体が尾を振るたび、木々はへし折れ、炎の奔流が森を地獄のように染め上げていく。
「くっ……押し切られる……!」
ネツレイが咳き込みながら歯を食いしばる。
だが、その背で毒キノコの天使が薄く笑った。
『焦るな、毒は効かせどころだ。森ごと煙らせてやれ』
「言われなくても……!」
ネツレイがスティレットを突き立てると、黒い胞子が夜風に乗って舞い散った。
胞子は炎に焼かれず、逆に炎を包み込み煙幕へと変わる。魔王の視界を曇らせ、竜の眼が苛立ちに爛々と輝いた。
「今だ、影を奪え!」
キサラギが指を鳴らす。
その合図に応じて、花火の天使が宙に火花を散らした。
瞬間、無数の光弾が森を昼のように照らす。
鮮烈な閃光が闇を切り裂き、黒竜の影を淡く薄めた。
「眩しさに呑まれろ!」
キサラギが光弾を撃ち込み、竜の鱗を爆ぜさせる。
だが竜は怯むどころか笑みを漏らした。
「花火か……儚く、脆い」
竜の爪が振り抜かれ、衝撃波が森を切り裂く。
キサラギは吹き飛ばされる寸前、ニシナが伸ばした髪に絡め取られて助けられた。
「大丈夫ですか、キサラギさん!」
「ニシナ……!」
メデューサの天使が低く囁いた。
『恐れを見せるな、視線を重ねろ』
ニシナは頷き、髪を鋭く操った。
蛇のようにうねる髪が竜の前脚に絡みつき、鱗を石化させる。
巨体が一瞬硬直し、足元が砕けた。
「よし、止まった!」
ネツレイが叫ぶ。
そこへナヅキが飛び込む。
長葱剣を掲げ、背後にはサラダの天使が葉を散らすように舞い降りた。
『栄養は十分だ、振るえナヅキ!』
「おうよ!」
ナヅキが剣を振ると、無数の葉と野菜の破片が刃と化し、竜の石化した鱗を一気に砕き割った。
「BBQにしてやるぜぇぇ!!」
竜が咆哮し、炎と暴風が一気に解き放たれる。
四人は吹き飛ばされながらも、必死に踏みとどまった。
「はぁ……はぁ……まだか……!」
キサラギが荒い息を吐く。
「効いてる……でも、押し切るには足りねぇ!」
ネツレイが血を拭いながら唸る。
竜は冷たく言い放った。
「くだらぬものに縋るな。仲間、絆……そんな脆弱なものは切り捨てた方がいい。いずれにせよ、この世界は間もなく我がものとなる。無駄な抵抗はやめろ」
その冷酷な言葉に、ナヅキは剣を握る手に力を込め、にかっと笑った。
「くだらない? バカ言えよ。そんなくだらないもんが——世界を救うことだってあるんだぜ!」
四人と四体の天使、その力が呼応する。
光、石化、毒、野菜の緑。
夜の森に交錯し、黒竜を中心に渦を巻いていった。




