紫と橙の罠(3)
ナヅキが長葱剣を振り抜いた。
鋭い光の刃が宙を裂き、仲間に絡みついた糸へと吸い込まれる。
その瞬間、彼は目を凝らしていた。
橙堕天使の指の動きと、糸の震えがわずかにずれる刹那——そこに狙いを定めたのだ。
「今だ……ッ!」
力強い一閃が走り、糸が鮮やかに断ち切られる。
パチン、と乾いた音を立てて弾け飛ぶ。
次いで、ネツレイの腕から力が抜け、スティレットが床を叩いた。
「ぐっ……! あ……」
荒い息を吐き、ネツレイはようやく自由を取り戻す。眼鏡の奥の瞳に、再び鋭い光が宿った。
続けて、ナヅキは身を翻し、宙に浮かぶ別の糸へ切り込む。
絡め取られていたニシナの髪がびくりと跳ね、操りの力から解き放たれた。
「……っ!」
彼女は目元に残る涙を拭い、小さく笑みを零す。
「助けて……くれて……ありがとうございます」
最後に残ったのはキサラギの糸だった。
光弾を組み上げようとする彼の指先を、ナヅキは紙一重で斬り裂く。
橙の糸が弾け飛び、キサラギの身体ががくりと揺れる。
だが、すぐに彼は踏みとどまり、ナヅキに視線を合わせた。
「……お前……よく一人で持ちこたえたな」
ナヅキはにかっと笑い、肩に剣を担ぐ。
「お前らこそ、1回目より早く戻ってきたじゃん!」
重苦しい空気の漂う広間に、四人の呼吸が重なった。
足元には冷たい石床、頭上には禍々しいシャンデリアが光を吸い込むように揺れている。
玉座の間、その奥深く——漆黒の扉の前で紫と橙の堕天使が翼を広げ、彼らを見下ろしていた。
「——行くぞ! 今度は絶対、誰も操らせねぇ!」
長葱剣を振りかざし、ナヅキが前に出る。
その背を見て、ネツレイが舌打ちをしながらも横に並んだ。
「無茶すんなって言ったばかりだろ……! けど、もう止めらんねぇな!」
彼のスティレットが光を帯び、銀の閃光が操り糸を切り裂いていく。
橙堕天使が細い指先を操り、再び無数の糸を奔らせた。
仲間同士を絡め取ろうとするが、その瞬間——ニシナの髪が蛇のように伸び、糸を掴んで石化させる。
「もう……あなたたちの好きにはさせません!」
凛と響く声に力強さが宿る。
紫堕天使が羽を広げ、再び影を濃くして幻影を撒き散らす。
だが、キサラギが指を鳴らした。
「何度も同じ手にかかるかよ!」
花火の天使の閃光弾が炸裂し、広間の闇を切り裂く。
その光弾は迷いなく紫堕天使の翼を撃ち抜いた。
——かつて外していた的を、今は正確に射抜く。
リヅの笑顔と「気を抜け」の言葉が、肩に残っているようだった。
漆黒の壁に光が跳ね返り、影は形を失い、幻影は霧散していった。
光と闇、刃と炎、石と糸。
それぞれの力が交錯し、四人の呼吸がひとつのリズムに溶け合っていく。
「……合わせるぞ!」
ネツレイの短い掛け声に、全員が頷いた。
ナヅキがサラダの天使を呼び出すと、豊穣の光が翼となり、舞い散る野菜の破片が飛び交った。
「お前ら、焼き尽くせ! BBQタイムだぁぁぁ!!」
放たれた光が幻惑の影を散らし、橙の糸を絡め取る。
同時に、キサラギの火花弾とニシナの石化の波動が合わさり、橙堕天使の操り糸を根元から爆ぜさせた。
「兄さん……!」
橙堕天使が紫に助けを求めるように声をあげる。
だが紫もまた、仲間たちの連携に押し込まれていた。
ネツレイの銀刃が紫の翼を切り裂き、ナヅキの渾身の一撃が胸を穿つ。
紫と橙——二人の堕天使の声が、玉座の間に響き渡った。
「「ぐっ……! なぜだ……なぜ、お前たちは——」」
ナヅキが血まみれの顔で笑い、剣を担ぐ。
「さあな。でも、お前らの負けってことだけは確かだぜ」
ネツレイが短く舌打ちし、キサラギとニシナも無言で前を見据える。
閃光が広間を焼き尽くす。
影も糸も砕け散り、堕天使兄弟の身体が床に叩きつけられる。
荒い息をつきながらも、四人は互いに立ち上がった。
その先にあるのは——ただひとつ。
「……行こう」
キサラギが低く呟く。
奥の扉の向こうに待つ、“魔王”へと。




