紫と橙の罠(2)
——柔らかな光に包まれていた。
そこは安心できる世界で、痛みも戦いもなく、ただ静かな時間が流れている。
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ネツレイの夢。
縁側で陽だまりに座り、母の焼いた焼きリンゴの匂いを嗅ぎながら家族と談笑していた。
温かい食卓。笑い声。「もうこれでいい」と思える光景。
けれど——どこかが、妙に空虚だ。
『ネツレイ! 家族を守るって言ったの、お前だろ! それでこんな偽物で満足すんなよ!』
その声に心臓を掴まれる。次の瞬間、畳が砂のように崩れ、家族の姿が紫の靄に飲まれて消えていった。
「っ……!」
拳を握り、ネツレイは夢を振り払う。
瞼を開けた途端——腕が勝手にスティレットを構えた。
「な……勝手に……動く……!?」
意識は戻っているのに、体は橙色の糸に操られ、ナヅキへ刃を向けていた。
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ニシナの夢。
春の校庭。友達と笑い合い、放課後には寄り道。病気も戦いも知らない平穏な日々。
でも胸がきゅうっと締め付けられる。
『ニシナ! お前がいるだけでいいんだって! 俺らはそう思ってんだ!』
声が突き抜けると、校庭の桜が灰に崩れ、教室の窓が砕けて消えていく。
「いや……!」
涙を浮かべ、ニシナは夢を破った。
だが次の瞬間、髪が勝手に伸び、鞭のようにしなり、仲間を狙った。
「っ……!? 違う、やめ……! 止まって……!」
必死に抵抗するが、糸が意思を封じ込める。
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キサラギの夢。
夜祭りの夢。花火が弾け、失ったはずの人もみんな笑っている。リヅ先輩さえ隣にいた。
だが、これは戻らない幸福。
『キサラギ! 最初は俺のこと嫌がってただろ! でも今は違うはずだ! 一緒に戦ってきただろ!』
その声に、花火は砕け散り、夜空が闇に崩れ落ちる。
「くそっ……!」
夢を砕き、キサラギは目を開けた。
だが指先は勝手に光弾を組み上げ、銃口を仲間へ向けていた。
「なに……っ!? 俺の意思じゃねぇ……!」
糸が脳と筋肉を繋ぎ、身体を操っている。
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三人が夢から覚めた瞬間にも、橙色の糸はなお絡みついていた。
操り人形のように武器を構える仲間たち。意識は戻っているのに、身体が言うことを聞かない。
中央で叫び続けていたナヅキが、汗だくの顔で振り返る。
「……っ! ようやく目ぇ覚ましたか! けど見りゃわかるだろ! まだ操られてんだよ!!」
ネツレイは歯を食いしばる。
「ちっ……クソ……この糸……!」
ニシナは涙を浮かべて首を振る。
「いや……動いちゃう……やめたいのに……!」
キサラギも低く唸る。
「橙の……野郎……!」
糸がきしむ音が洞窟に響き渡る。
それでも三人の瞳には確かな光が戻っていた。
ナヅキは剣を構え、吼える。
「だったら、意識が戻った今なら……絶対に切り離せる! お前ら、もう一度信じろ! 俺を!」




