影の檻を裂く(2)
唐揚げと薬で一息ついたあと。
吐く息が白く揺れる中、四人は岩棚に座り込んで体力を回復させていた。
「……ふぅ。腹いっぱい食ったらさ……おしっこしたくなった!」
ナヅキが唐突に言い出す。
「ここでするなよ」
ネツレイが即座に冷たく言い放つ。
「わかってるって!」
ナヅキはむっとしながら手を振った。
その横で、ニシナが顔を真っ赤にしながら、小さくおずおずと手を挙げた。
「……わ、私も」
一瞬、場が静まり返る。
「お、おい……今それ言うか?」
ナヅキが目をぱちくりさせ、キサラギは思わず咳払いをした。
「……まぁ、人間だからな」
『無防備に口にするな、馬鹿者。照れは強さを奪う』
メデューサの天使が冷たく囁き、ニシナはますます耳まで真っ赤にした。
ネツレイは額に手を当て、ため息をついた。
「キサラギ。お前、ニシナに付き添え。一人じゃ危ない」
「は?」
一瞬不服そうに眉をひそめたキサラギだったが、すぐに心の中で思う。
(……確かに、ナヅキに任せるのは論外だ)
「仕方ない。ついていく」
そう答えると、ニシナはさらに耳まで赤くして俯いた。
「……絶対に……見ないでくださいね……」
両手を胸の前で握りしめ、必死に念を押す。
「おう!見ねぇからな!」
ナヅキが突っ込み、ネツレイが「お前は黙ってろ」とすぐさま制す。
『水分調整も大事だぞ。ちゃんと出すものは出しとけ』
サラダの天使の真顔のような小言が響き、ナヅキが「いや、そこ真面目に言うな!」と盛大にズッコケた。
小さなドタバタの中、わずかに笑いがこぼれた。
張り詰めた戦いの合間、ほんの一瞬だけ訪れた和やかな時間だった。
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小さな笑いが過ぎ去ると、再び冷たい山風が四人を包み込んだ。
遠くからは、風に混じって不気味な低音の唸りが響いてくる。まるで山そのものが呻いているようだった。
「……さて、遊んでる場合じゃねぇな」
ネツレイが立ち上がり、リュックを背負い直す。
キサラギも険しい目で谷の奥を見据えた。
「探知機の反応は、さらに先だ。おそらく、魔王の居城……」
その言葉に、ニシナの喉が小さく鳴った。
「いよいよ……なんですね」
震える声に、彼女自身が拳をぎゅっと握りしめる。
『怯えを隠すな。その震えごと踏み出せ』
メデューサの天使がそっと囁き、ニシナは唇を結んだ。
「怖くても進むしかねぇ」
ナヅキが長葱剣を肩に担ぎ、にかっと笑って見せた。
「大丈夫だ、俺たちならやれる!」
崩れた洞窟の出口を抜けると、視界の先に広がったのは異様な光景だった。
岩山の裂け目を越えた先——切り立った断崖の向こうに、黒紫の霧を纏った巨城がそびえ立っていた。
城壁は歪み、尖塔は空へとねじ曲がるように突き出ている。その中心からは、瘴気の奔流が空へ立ち昇っていた。
「……あれが、魔王の居城か」
ネツレイが眼鏡を押し上げ、低く呟く。
『ふふ……毒の巣に踏み込む覚悟はあるか? だが、毒は克服するほど強くなる』
毒キノコの天使が皮肉混じりに笑い、ネツレイは短く頷いた。
冷気と瘴気が混じり合い、息を吸うだけで肺が焼けるように苦しい。
だが四人は足を止めなかった。
「行くぞ」
キサラギが短く告げる。
『火花は闇でこそ美しく弾ける。見せてみろ、最期まで燃える姿を』
花火の天使の声に、彼は無言で頷いた。
ナヅキは仲間を見渡し、大声で叫んだ。
「ここまで来たんだ! 最後まで一緒に行こうぜ!」
『ははっ! 言ってやったな、ナヅキ! 夢も絶望もブチ壊して進め! それが一番の栄養だ!』
サラダの天使が力強く笑う。
その声が山々に反響し、冷たい空気を震わせる。
四人の影が重なり合い、魔王の居城へと歩みを進めた。
——決戦の幕は、静かに、だが確かに開き始めていた。




