影の檻を裂く(1)
荒れ果てた洞窟を抜け、岩棚の上で四人は腰を下ろした。
冷たい山風が頬を打ち、吐く息は白く揺らめく。全員が肩で荒い息をつき、さすがに疲労が隠せなかった。
「……ったく」
ネツレイがリュックを下ろし、ぶつぶつ言いながらタッパーを取り出した。
「本当は生野菜で十分だったんだぞ。サラダの天使がいりゃ、いくらでも補給できるんだからな。なのに……」
「おーっ! きたきた唐揚げ!」
ナヅキが目を輝かせ、食い気満々で手を伸ばす。
「俺がリクエストしたんだから、文句なしな!」
「……ったく、調子いい奴だ」
ネツレイは深いため息をついたが、差し出す手は止めなかった。衣がカリッと音を立て、肉汁があふれる黄金色の唐揚げが現れる。
ナヅキがひと口かぶりついた瞬間、顔をほころばせた。
「んっ……! やっぱ最高! ネツレイの飯は裏切らねぇな!」
『揚げ物もいいが、キャベツを添えろと言ったろうが』
サラダの天使がすかさず口を挟む。
ナヅキは「今だけ黙ってろ!」と笑いながら噛み砕いた。
「うるせぇ……こっちは手間かけてんだよ」
そう言いながらも、ネツレイの口元はわずかにほころんでいた。
ニシナもおそるおそる手を伸ばし口にする。
「……おいしい……! ほんと、力が戻ってきますね」
小さく笑みを浮かべる彼女の様子に、ナヅキも「だろ!」と鼻を鳴らした。
「お前が言うな」
即座に返され、ナヅキは「なんだよ〜」と頬を膨らませる。
『ふん……餌付けか。まあ、弱っているよりはましだな』
毒キノコの天使が鼻で笑い、ネツレイは「皮肉しか言えねぇのか」と舌打ちした。
その様子を横で見ていたキサラギが呆れ声を漏らした。
「お前ら……戦場の真っ只中で遠足気分かよ」
そう言いつつも、彼の手にはいつものように小袋のチョコレート菓子が握られていた。
「……キサラギさん、こんな時でも甘いものですか?」
ニシナが思わず目を丸くする。
「糖分は大事だからな」
さらりと返すキサラギに、花火の天使がぱちりと弾けた。
『甘さもまた、一瞬の輝きさ。戦場で口にするほど贅沢な火花はない』
ニシナはくすっと笑い、少しだけ緊張を解いた。
「でも、からあげも美味しいですよ。ほら」
彼女は自分の箸で唐揚げをつまみ、そのままキサラギの口元へ差し出した。
「ちょ、ま——」
言い終わる前に、ニシナがえいやっと押し込む。衣の香ばしさと肉汁が広がり、キサラギは不本意そうに咀嚼した。
「……」
咀嚼のあと、短く言った。
「悪くない」
ニシナが嬉しそうに頷き、ナヅキがニヤニヤと笑いを堪えきれずに突っ込む。
「おー、キサラギにも餌付け完了っと!」
「誰が餌付けだ!」
ようやく飲み込んだキサラギが低い声を返す。
『お前も、見られていることを意識すると強くなるだろう。……ほら、彼女を見ろ』
メデューサの天使の囁きに、キサラギはわずかに頬を赤くした。
食べ終えると、ネツレイはリュックのもう一つの仕切りを開け、包みを取り出した。
中には天啓庁から支給された治療薬が揃っていた。瓶に入った液状のポーション、包帯、痛みを和らげる丸薬。
「傷の応急処置もしとけ。放っときゃ次の戦いで死ぬだけだ」
彼は無造作に瓶を差し出し、自分の肩の傷口にも薬を塗り込んだ。紫堕天使の攻撃で刻まれた痕がじわりと泡を立て、痛みが引いていく。
「……助かる。正直、さっきは限界だった」
キサラギもそれを受け取り、火傷のように赤く爛れた腕に塗り込む。
ニシナは小さな包帯を受け取り、指先にできた裂傷を器用に巻いた。
「ふふ……唐揚げと薬、両方とも効きました」
「戦場の常識だ」
ネツレイは短く言い切ると、ナヅキにもポーションを分け与えた。
山風は相変わらず冷たかったが、仲間たちの間には、確かな温もりが広がっていた。




