山岳への道(2)
吹き荒れる血と煙の中、魔物たちの断末魔がこだました。
だが、静寂は訪れない。洞窟の奥から、どろりと瘴気が流れ出してきた。
「……まだ、終わってないな」
ネツレイがスティレットを拭いながら低く呟く。
「当たり前だろ」
ナヅキは肩で息をしつつ、笑みを浮かべて長葱剣を構え直した。
「むしろここからが本番だ!」
その時、闇の奥で光が瞬いた。紫色の燐光——瞳のように妖しく揺らめく。
空気がねじ曲がり、洞窟全体が呻き声をあげるように震えた。
「……来るぞ!」
キサラギが即座に前へ出る。
影の中から歩み出たのは、一人の異形の存在だった。
人の形をしていながら、肌にはひび割れた呪紋が走り、背には漆黒の翼。その瞳は紫に輝き、見る者の意識を吸い込むような深淵を宿していた。
「ようやく来たね……」
その声は冷たく、同時に愉悦に満ちていた。
「よくぞここまで辿り着いた。魔王様はもう目覚めの時を迎えようとしている。君たちも、その礎にしてあげる」
ナヅキは剣先を紫堕天使へと突き付け、叫んだ。
「ふざけんな! 俺たちは、てめぇらの礎になんかならねぇ! ——ぶっ飛ばしてでも先に進む!」
紫堕天使は唇を吊り上げ、不気味に笑う。
「いいね。その反抗の炎……魔王様のお食事には格好の前菜だ」
直後、紫の瘴気が爆ぜた。
洞窟の壁がうねるように変形し、数百もの影が再び蠢き始める。
「っ……数が多すぎる!」
ニシナが声を上げる。
「下がれ!」
キサラギが彼女を庇い、花火弾を連射する。光と爆音が洞窟を照らし、押し寄せる魔物を一瞬退ける。
「……へっ、ちょうどいい」
ナヅキが構えを取り直し、目を爛々と輝かせた。
「ここを抜けりゃ、魔王に手が届くんだろ? だったら全力で行くだけだ!」
ネツレイも苦笑を零し、眼鏡を押し上げる。
「まったく……馬鹿の勢いに乗せられるとはな」
そう言ってスティレットを逆手に握り直す。
四人の影が紫の闇へと駆け出した。
その背を、紫堕天使の瞳が嗤いながら見つめていた。
「面白い……。せいぜい足掻いて見せなよ。魔王様が完全に目覚めるその時まで——」




