表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サラダな天使の契約者  作者: あしゅ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/77

リンゴの香りと誓い


 夜更けの寮。廊下はしんと静まり返り、窓から差し込む月明かりだけが床を淡く照らしていた。


 共有スペースの小さなキッチンに、人影がひとつ。

 ネツレイだった。眠れぬままベッドを抜け出し、ふと実家を思い出して——手は自然とリンゴを掴んでいた。


 包丁でリンゴを半分に切り、種をくり抜く。小さな窪みにバターと砂糖を落とし、棚から隠すように置いていたウイスキーをほんの数滴。ラップをかけ、電子レンジに入れる。


 600Wで4分。

 温められた甘い香りが漂い出すと、ネツレイの胸に懐かしい景色が蘇ってきた。


(……あの頃は、まだ家族全員そろって笑ってた)


 ピッと音が鳴り、レンジの中で熱気を帯びたリンゴを取り出す。仕上げにシナモンをひと振り。湯気と一緒に、記憶まで揺れるような香りが広がった。


「……何それ、うまそう!」

 不意に背後から声がかかり、ネツレイは肩をびくりと揺らす。振り返ると、寝癖頭のナヅキが立っていた。どうやらトイレの帰りらしい。


「……お前か。夜中にでかい声出すな」

「いや、だってよ……その匂い反則だろ」

 ナヅキは遠慮なく近づき、テーブルに置かれた皿を覗き込む。


 ネツレイは少しだけ目を伏せ、ため息をつく。

「仕方ねぇな。……ほら」

 スプーンを手渡すと、ナヅキは待ってましたとばかりに焼きリンゴをひと口。


「うっめぇえええ!! なにこれ最高!!」

 頬を緩ませて大げさに喜ぶナヅキを見て、ネツレイは思わず小さく笑った。

「……ガキみたいな反応だな」


「だってうまいんだもん。で、これ……なんの料理だ?」

「焼きリンゴ。俺の実家じゃ、記念日とか特別な日に必ず出てきた」


 穏やかな声で言いながら、ネツレイは遠くを見つめた。

「田舎のちっぽけな家だったけどな……家族みんなで食卓囲んで、笑って、ああいう日々がずっと続くと思ってた」


 言葉を切り、拳を握りしめる。

「でも……魔物に襲われて、全部壊された。畑も家も焼かれて、残ったのは借金と、痩せ細った土地だけだった」


 ナヅキはスプーンを止め、真剣な眼差しを向ける。

「……ネツレイ」


「だから俺は、戦う。もう失いたくない。家族を守れるなら……命なんて惜しくねぇ」

 静かに告げるその横顔には、普段の皮肉屋な姿はなく、真っ直ぐな決意だけが刻まれていた。


 ナヅキは焼きリンゴを飲み込み、大きく息を吐く。

「前までの俺だったら……わかんなかったかもしれない」

 少し笑い、拳を握る。

「でも今は、わかるよ。俺にも、大事な仲間ができたからさ」


 その言葉に、ネツレイは驚いたように目を見開いた。

 だがすぐに、視線を逸らし、照れ隠しのようにぼそりと呟く。

「……バカ。そんな顔して言うな」


 二人の間に、夜の静けさが戻る。だがそれはもう、冷たい沈黙ではなかった。

 リンゴの甘い香りと、互いの想いが確かにそこに残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ