表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サラダな天使の契約者  作者: あしゅ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/77

魔王の気配(1)

 翌朝、天啓庁本部の執務室。

 窓から差し込む光は冷たく、昨夜の惨状を洗い流すにはあまりに心許なかった。


 チェリーは執務机に腰掛け、四人を迎えた。

 長い薄緑の髪が肩に落ち、眼差しはいつもと変わらず穏やかだ。だがその奥には、揺るぎない緊張が漂っていた。


「襲撃の件、詳しく聞かせてもらえる?」


 キサラギが前に出て、簡潔に報告を始める。

 裏切り幹部との交戦、そこへ現れた紫色の上位堕天使、そして告げられた“魔王の目覚め”。


「……遂にこの時が来てしまったのね」

 チェリーは目を伏せ、深く息を吐いた。


 ネツレイが懐から端末を取り出し、卓上に置く。

「これを。あの時、堕天使の一体に探知機を仕込むことに成功した。まだ反応は生きてる」


 端末のモニターには、地図上で点滅する赤い光が映っていた。

 その位置は山岳地帯の奥深く、人の立ち入らぬ禁足の領域。


「よくやったわね、ネツレイ。さすがって言うべきかしら」

 チェリーは柔らかく微笑んだ。

 ネツレイは苦笑し、血が滲む肩を抑えた。

「無茶をした甲斐はあった、ってことだな」


 チェリーは端末の光をしばし見つめ、真剣な声音で続けた。

「……場所がわかった以上、動かない理由はないわ。魔王の気配が本当にそこにあるなら、悠長にしている時間はもう残されていない」


 ナヅキが腕を組み、口の端を上げる。

「ついに決戦の地ってやつか。腕が鳴るぜ」


 その軽口に、ネツレイが苦々しげに睨む。

「お前はいつも簡単に言う……。これが本当に最後の戦いになるかもしれないんだぞ」


 だがニシナは不安そうに拳を胸の前で握りしめ、それでもはっきりと言葉を出した。

「でも……私たち、もう後ろには下がれません。あそこに行って、確かめなきゃ」


 チェリーはそんな彼女の言葉に頷き、視線を全員に巡らせる。

「……私が前に出れば早いって、みんな思うんでしょうね。でもね、そうはいかないのよ」


 ゆるやかに首を振るチェリーにナヅキが真っ直ぐな視線で問いかける。

「なんでですか? チェリーさんが戦えば、きっと——」


 チェリーは微笑を浮かべながらも、その声には苦味が混じっていた。

「私の“風”は、戦場を丸ごと呑む嵐。敵だけじゃなく、味方も街も巻き込む。」

一瞬だけ、チェリーの瞳に遠い記憶が揺れる。

「……昔、守りたかった子を風にさらってしまったの。だからもう、全力では振るえない」


 その場が静まり返る。彼女は視線を机上の資料に落とし、言葉を続けた。

「それに……この庁舎の“風の結界”を維持しているのは、私の天使。これが途切れたら、全国のゲートが一気に開いてしまうわ。そうなったら、魔王どころじゃなくなる」


 ネツレイが思わず息を呑む。

「……つまり、トップが戦場に出ること自体がリスク、ってことか」


 チェリーは軽く肩をすくめて笑った。

「そうよ。風は止まっちゃいけない。だから前には出ない。……出られないの」


 けれど、その笑みの奥にある影は、確かに悔恨を抱いていた。


 彼女は四人を見回し、柔らかく言葉を結んだ。

「だからこそ、あなたたちが必要なの。ナヅキ、キサラギ、ネツレイ、ニシナ。……あなたたちが、私の代わりに嵐の中を駆け抜けて。私が守る“世界”のために」


 ナヅキは拳を握りしめ、ぐっと胸を張った。

「上等っすね。……俺たちがやってやりますよ。魂も命も、仲間と一緒なら絶対に喰わせない」


「——ええ。あなたたちに任せるわ。行動は明朝。準備を怠らないように」


 チェリーの目が細められ、ほんの僅か安堵の色が浮かんだ。


 場が解散の空気に包まれた時、ナヅキが急に手を挙げた。

「はいっ! 一つ提案! 出発前に腹いっぱいカレー食べたいです!」


「……お前、今それ言うか」

 ネツレイが深くため息をつき、こめかみを押さえた。


 チェリーは肩をすくめ、微笑をこぼす。

「ふふ。緊張をほぐすのも大事よ。いいじゃない、最後の晩餐にはちょうどいいわ」


 ナヅキは「やった!」と声をあげ、子どものように拳を突き上げた。

 そんな彼の背を見ながら、残る三人は小さく笑みを交わした。


 ——決戦前の、ほんの一瞬の安らぎだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ