裏切りの影(3)
長葱剣が幹部の漆黒の刃と正面からぶつかり合う。
金属と金属がぶつかる衝撃が火花を散らし、玄関ホールに耳をつんざく音が響き渡った。
「チッ……思ったより重ぇ……!」
ナヅキの腕が軋み、足元の石床がひび割れる。
「はは……その程度か。やはり魂を差し出す契約者など、堕天の力には遠く及ばない」
幹部の眼は紅く輝き、力で押し潰すように剣を叩きつける。
「ナヅキ、下がれ!」
ネツレイが血の滲む肩を押さえながらも、スティレットを放つ。刃が幹部の頬を掠めた。
だが傷口はすぐに黒い瘴気で塞がっていく。
「効かねぇ……再生まで……!」
ネツレイの顔に焦りが走る。
その隙を狙うように、堕天使の群れが左右から襲いかかる。
「くそっ、キリがねぇ!」
キサラギが花火の閃光を乱射し、爆音で敵の翼を焼き落とす。夜空の祭りのような輝きが、血の匂いと混じって広間を染めた。
「ニシナ!」
呼ばれた少女は息を呑み、髪を伸ばして蛇のようにしならせる。数体の堕天使が悲鳴を上げ、石と化して崩れ落ちた。
だが同時に、彼女の顔は蒼白に染まる。
「まだ……全部は止められない……!」
「十分だ、ニシナ! お前の石化がなきゃ、とっくに俺たちは潰されてる!」
キサラギが叫び、彼女を庇いながら火花を撒き散らした。
ナヅキは一歩も退かず、幹部に笑みを向ける。
「お前がどう思おうと関係ねぇ。俺たちは魂を喰われるために戦ってんじゃねぇんだよ!」
「なら何のために?」
幹部が嗤う。
「お前たちは死ねば魂を取られる。誰一人、逃れられない。そういう仕組みにすがってる時点で……哀れな家畜だ」
「哀れかどうかは、俺が決める! 俺の魂は——俺と仲間で生き抜くために使うんだ!!」
ナヅキが吠え、渾身の一撃を叩き込む。
衝撃波が再び広間を裂き、石床が割れて砂煙が舞い上がった。
ナヅキの斬撃と幹部の刃が激突し、火花が広間を満たしたその時——空気が、唐突に凍りついた。
どこからともなく、紫色の光が揺らめきながら現れる。
それは炎でも稲妻でもなく、まるで瘴気に染まった霧のように漂い、次第にひとつの輪郭を形作った。
「な……なんだ……?」
キサラギが目を細める。
現れたのは、長い腕と禍々しい翼を持つ異形の堕天使。
他の堕天使とは明らかに格が違う威圧感。紫の瞳がぎらりと光り、全員の背筋を震わせた。
「紫色の……上位堕天使……」
ネツレイが吐き捨てるように呟いた。
その堕天使は、ゆっくりと視線を裏切り幹部に向けた。
「お前の仕事はもう終わりだ。ご苦労だった」
「なっ……待て、俺はまだ——」
幹部が叫ぶ間もなく、その巨腕が伸びた。
骨が砕ける音と共に、幹部の身体は握り潰され、黒い血と瘴気が霧のように散った。
「な……!」
ナヅキたちが一斉に息を呑む。
紫堕天使はその光景をまるで退屈そうに眺め、翼を大きく広げると低い声で告げた。
「魔王様がお目覚めだ。すぐに皆、集まれ」
その言葉と同時に、堕天使の群れが一斉に翼を打ち鳴らす。
闇の羽音が広間を揺らし、次々と飛び去っていく。
ナヅキが長葱剣を握りしめ、追おうとした瞬間——
「待て!」
ネツレイが鋭く制した。
彼は懐から小さな金属片を取り出し、すれ違いざまに一体の堕天使の翼へと突き刺す。
瞬間的に仕込まれた探知機は、光を反射させて羽毛の奥に隠れた。
「よし……位置情報を追える……!」
肩から血を流しながらも、ネツレイは苦笑を浮かべた。
「お前……そんなもんいつ用意してたんだよ!」
ナヅキが驚いて叫ぶ。
「備えあれば……ってやつだ。まさかこんな風に使う日が来るとは思わなかったがな」
去りゆく紫の光。
寮の瓦礫に残されたのは、圧倒的な存在を前にした無力感と、ネツレイの仕掛けた小さな希望だけだった。




