裏切りの影(1)
その日の午後。
訓練場から戻ったナヅキたちは、珍しく寮のロビーで肩を並べて休んでいた。
テレビも消され、妙に静かだった。
「なんか……空気が重いな」
ナヅキが呟き、ソファにだらしなく腰を下ろす。
そこへ駆け足で飛び込んできた下級契約者の青年が、青ざめた顔で声を上げた。
「た、大変です! 第三部隊が……全滅しました!」
「……全滅?」
キサラギの低い声が空気を切る。
「はい。監視記録によれば、魔物と戦闘中に……人間の契約者が堕天使に味方していたそうです。内部から背後を突かれ……」
報告を聞き、ネツレイの表情が険しくなる。
「内部から……つまり、裏切り者がまた出たってことか」
「そんな……同じ契約者なのに……」
ニシナの声は震えていた。
ナヅキは拳を握りしめ、苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「またかよ……ふざけんな……!」
青年は唇を噛み、言いづらそうに続けた。
「……しかも、裏切ったのは幹部級の契約者だと……」
部屋に衝撃が走る。
天啓庁の要人が敵に回った——その事実は、戦力的にも精神的にも致命的だった。
ネツレイは低く唸る。
「やっぱり……前の情報漏洩は偶然じゃなかったか」
キサラギは黙り込み、胸中に浮かぶリヅの顔を思い出していた。
幹部に近い立場で戦っていた彼も、いつかは堕ちていたのではないか——そんな不安が胸を締め付ける。
その沈黙を破ったのは、ナヅキだった。
「……なぁ。魂を差し出すのが“当たり前”の契約なんて、そもそも無理があるんじゃねぇのか。だから人は揺らいで、裏切りなんてことになるんだろ」
「ナヅキさん……」
ニシナが彼を見つめる。
だがネツレイは鋭く声を上げた。
「軽々しく言うな! 契約がなきゃ俺たちは戦えない! そのルールがあるから均衡が保たれてるんだ!」
「そのルールに疑問を持った人間が、堕天に走ってんだろ!」
ナヅキも一歩も引かない。
二人の言葉がぶつかり合い、ロビーの空気は火花を散らすように張り詰めた。
その時、窓の外で雷鳴が轟く。
寮の敷地を見下ろす空に、黒い影がゆらめいた。
「っ……!」
キサラギが即座に立ち上がる。
「魔物の群れ……いや、あれは堕天使……!」
闇夜を羽ばたく黒い影の群れが寮を取り囲み始める。
そしてその先頭には——かつて人間の契約者だった男が、冷たい笑みを浮かべて立っていた。
「やっぱり……内部の人間が堕ちてる……」
ニシナの声は震えていた。
ナヅキは木刀を掴み、血が滲むほど拳を握る。
「上等だ……必ず、俺たちが証明してやる。誰も悲しませない戦い方を——!」




