報告と真実(1)
翌日。
澄んだ朝の光が差し込む天啓庁の執務室。
ナヅキたち四人は揃ってチェリーの部屋を訪れた。扉を開けると、書類の山に囲まれた彼女が椅子に腰掛けている。
「入ってちょうだい」
チェリーは薄緑の髪を揺らしながら、柔らかく笑った。
ナヅキが勢いよく口を開く。
「昨日の件っすけど! 赤と黄の堕天使は、なんとか撃退できました! ……俺ら、意外とやるじゃん?」
「はいはい、自慢は後にしなさいよ」
チェリーは軽く手を振る。
「でも、よくやったわね。堕天使二体を倒したのは大きいわ」
ネツレイが咳払いして、真面目に切り出す。
「……奴らの目的が掴めなければ、また同じことが起きるだけです」
「そうね」
チェリーは机から古い資料を取り出し、四人の前に広げた。
「堕天使の力の源は、人の憎しみや恨み、悲しみ……そういう負の感情よ。だから契約に“魂を差し出す必要”なんてないの」
「えっ……?」
ニシナが思わず声を漏らす。
「その代わりにね」
チェリーは少し声を低めた。
「契約した人間は、死ぬまで負の感情を堕天使に搾り取られ続ける。希望を奪われて、心を食い荒らされて……魂を食われるより残酷な、生き地獄なのよ」
ナヅキが顔をしかめて拳を握る。
「ふざけんな……そんなの契約じゃねぇ。ただの搾取だろ」
「そのとおり。でもね、甘い言葉に縋りたい人間ほど、簡単に堕天使の手を取っちゃうの」
チェリーは小さく首を振った。
そこで、キサラギが思い出したように声を上げる。
「そういえば、昨日の黄堕天使……死ぬ間際に“魔王様がどうとか”って言ってました」
チェリーの瞳が鋭く光る。
「……やっぱり出てきたわね、その名前」
ネツレイの顔が強張る。
「まさか……堕天側が契約者を増やしてるのは……魔王を甦らせるためか……!?」
「そうね。察しが良くて助かるわ」
チェリーは苦笑しながら頷いた。
「堕天使たちは負の感情の連鎖を利用して、魔王を呼び戻そうとしてる。昨日の戦いも、その布石にすぎないのよ」
ニシナが怯えた声を漏らす。
「魔王……そんな存在がほんとに……?」
「いるわよ」
チェリーはきっぱりと言い切る。
「そして——もし魔王が甦ったら、この世界は二度と立ち直れない」
静まり返った執務室の空気をやわらげるように、チェリーはそっとニシナのそばに歩み寄った。
「でもね、あなたはよくやったわよ。黄堕天使を仕留める決定打を打てたのは、あなたの覚悟があったからだわ。ニシナ」
そう言って、彼女はニシナの頭をぽん、と優しく撫でた。
「っ……!」
ニシナの頬が赤く染まり、目を丸くする。
「な、ななな……ズルいっ!! ニシナだけズルい!! 俺のことも褒めろよ!!」
ナヅキが横から割り込んで駄々をこねる。
「はいはい、うるさい」
ネツレイが慌ててナヅキの首根っこを掴み、ずるずると部屋の外へ引きずり出す。
「お前は一回黙れ」
「ぐえっ……っ、ちょ、待てよ! 俺だって頑張ったのにぃ!!」
その騒がしい背中を見送って、ニシナは小さく笑い、チェリーもまた息を抜いたように微笑んだ。
最後に退室しようとするキサラギの背中に、チェリーが声をかける。
「……あなたとニシナを組ませて正解だったわ」
チェリーの言葉に、キサラギは一瞬足を止める。
背を向けたまま、小さく息を吐き、振り返らずに——だが確かに頷いた。
その肩越しに差し込む朝光は、彼の決意を静かに照らしていた。




