紅蓮の双牙(2)
赤堕天使が炎を爆ぜさせ、全身を炎獣のように膨れ上がらせて突進してくる。受け止めるにはあまりにも重く、避ける間もなかった。ネツレイがスティレットを交差させて立ちふさがった瞬間、灼熱の衝撃が彼の身体を直撃した。
「ぐっ……!」
骨が軋み、肺が焼けるような痛み。ネツレイはその場に膝をつき、呼吸すらまともにできない。もう一歩動くだけで全身が砕けるようなダメージが走っていた。
赤堕天使は愉快そうに口端を上げる。
『終わりだな。やっぱり人間なんて脆い』
だがその刹那、赤堕天使の動きが僅かに止まった。肩口を押さえ、苛立ちの声を漏らす。
『……これは……?』
「……やっと効いてきたか……」
ネツレイが笑みを浮かべる。
「俺の毒は……時間差で猛毒になっていく……さっき刺した一撃……忘れんなよ……」
赤堕天使は顔を歪めるが、すぐに炎を膨れ上がらせて無理やり押さえ込む。
『くだらない小細工だ……毒ごと燃やし尽くせばいい!』
ネツレイはもはや立ち上がれず、地に伏してナヅキへ視線を送った。
「……あとは……お前に任せる……」
その声に、ナヅキの胸が熱を帯びる。
「勝手に倒れてんじゃねぇよ……けど——任せとけ!」
ナヅキの背に、光が奔る。サラダの天使が背後に現れ、軽く肩を叩いた。
『行け、ナヅキ。お前の力を、今こそ見せろ』
次の瞬間、ナヅキの背から翠の翼が広がった。レタスの葉のように重なり合い、風を掴んでひらめく。
「おおおおおッ!!」
羽ばたきと共に、ナヅキの体が宙へ舞い上がった。赤堕天使が驚愕の眼で空を見上げる。
『……翼だと!? 人間ごときが……!』
「俺はもう“ごとき”じゃねぇ! 俺には仲間がいる! 俺を選んだ天使がいる! だから負けらんねぇんだよ!」
ナヅキが刃を構え、空から一気に急降下する。赤堕天使は咆哮を上げ、全身を炎に変えて迎え撃つ。
夜空に、炎と緑の光が激突した。
大地を震わせる轟音と共に、空中戦が始まった。
夜空を舞う赤堕天使の炎は、まるで太陽のように広がり、あたり一面を赤く染めていく。ナヅキはレタスの翼を羽ばたかせ、熱風を切り裂きながら空中で踏み込む。
『燃えろ! 焼けろ! すべて灰になれ!』
赤堕天使が怒号を上げると、炎の奔流が巨大な蛇のようにうねり、ナヅキに喰らいつこうと迫った。
その刹那、背後からサラダの天使が声を飛ばす。
『ナヅキ、仕掛けるなら今だ!』
「わかってる!」
サラダの天使が両手をかざすと、ぽん、ぽん、と宙に無数の野菜が現れた。トマト、ナス、カボチャ、トウモロコシ……次々と召喚され、夜空を覆い尽くすほどに広がっていく。
ナヅキは笑みを浮かべ、長ネギの刃を構えながら叫んだ。
「さあ、俺と楽しいBBQでもしようぜえええ!!!」
怒涛の勢いで繰り出される野菜の嵐。トマトの雨が炎に弾け、ナスが弧を描き、カボチャが隕石のように落ちてくる。
赤堕天使は嘲笑しながらも、思わず炎を拡散させて迎撃に回った。
『こんなもので俺を……! 燃え尽きろォ!!』
炎が野菜を次々と焼き尽くしていく。だが、その集中がわずかにナヅキから逸れる。
「……そこだッ!!」
ナヅキは翼を広げ、野菜の雨を突破する炎の隙を狙って急降下した。
振り抜かれた長ネギの刃に、サラダの天使の加護が宿る。緑の光が軌跡を描き、赤堕天使の胴を深々と貫いた。
『……が、ァアアッ!!』
堕天使の悲鳴が夜空を裂いた。炎の奔流が一瞬にしてしぼみ、熱気が引いていく。
赤堕天使は血を吐くように笑い、よろめきながらもナヅキを睨みつけた。
『……人間が……野菜ごときで……俺を……ッ……』
その言葉は、夜風に掻き消されるように途切れ、赤堕天使の身体は炎の残滓となって崩れ落ちた。
宙に浮かぶナヅキの背で、レタスの翼が大きく羽ばたき、緑の光が広がった。
「……BBQの焦げは、もう十分だな」
ナヅキは肩で息をしながらも、勝利を告げるように呟いた。




