火花と野菜(1)
夜の商業区。
人気の少ないビル街に、またしても異界門が開いた。空気がひび割れるように揺らぎ、そこからぞろぞろと魔物が這い出してくる。
まるで影に牙を生やしたようなその群れは、すぐに周囲の電灯を砕き、あたりを闇で覆った。
「ったく、初任務がこれかよ。気が利くじゃねぇか」
ぼさぼさ頭の青髪をかき上げ、ナヅキが長ネギの剣を肩に担ぐ。
その隣で、金髪を一つ結びにした青年——キサラギは、袋からチョコを一粒つまみ、口に放り込んだ。
「ふむ……数が多いな。普通ならチームで制圧する規模だ」
「おい、俺はチーム組まされてんのが気に食わねぇんだ。くれぐれも足引っ張んなよ」
「そっちこそ。……ちなみに言っとくけど、戦闘中でも糖分補給は欠かさないからな」
飄々とした物言いに、ナヅキは顔をしかめる。
「……マジで飴舐めながら戦う気かよ!?」
「集中力を切らさないためだ。理にかなってる」
軽口を交わす二人の背後で、天使たちの声が交錯する。
『落ち着け、ナヅキ。呼吸を合わせろ。お前の魂を磨く好機だ』
『さぁ、キサラギ。派手に散らしてやろう。儚い光こそ、魔物を打ち砕く』
二人は顔をしかめ、同時に舌打ちした。
「……やっぱ相性最悪だな」
「だな。……だがやるしかない」
魔物の群れが一斉に吠え、襲いかかってくる。
ナヅキは地を蹴り、残像を残す速度で先陣を切った。長ネギの刃がうなりを上げ、最前列の魔物を一息で斬り裂く。
「ははっ! 野菜剣ナメんなよ!」
その背後から、静かな声が響く。
「後ろだ」
振り返るより早く、ナヅキの周囲で火花が弾けた。
キサラギの掌から放たれた光の奔流が、空中で花火のように炸裂し、押し寄せていた魔物をまとめて吹き飛ばす。
「げほっ……! ド派手すぎんだよバカ! 俺ごと爆発させる気か!?」
「……無傷だろう。なら問題ない」
平然とそう言って、キサラギはまた飴玉を口に転がした。
「戦いながら糖分チャージしてんじゃねぇ!」
「効率は大事だ」
剣と光が交差し、戦場は一気に騒然とする。
群れの中心から、一際大きな咆哮が響いた。
闇を纏った異形が、建物の壁を破壊しながら姿を現す。
本来なら低級魔物のはずが、筋肉のように膨れ上がった黒い体躯と、血のように赤く光る双眼を備えていた。
「……チッ、聞いてた通りだな。弱いはずの奴が強化されてやがる」
ナヅキが歯噛みする。
だが隣のキサラギは口元をわずかに吊り上げた。
「派手にやれるじゃないか。……丁度いい、燃え尽きるには」
声音は淡々としているのに、そこには“死”を恐れていない響きが宿っていた。
掌に火花が集まり、奔流が収束する。——近距離での大爆発。敵も自分も巻き込む必殺。
「おい……まさかお前——」
「役目を果たすためなら、命なんて安くていい」
キサラギの瞳は揺るがなかった。
その瞬間、ナヅキの胸に苛立ちが込み上げる。
「ふざけんなよッ!」
残像すら千切れる速さで駆け、火花の光に突っ込む。
ナヅキはキサラギの腕を掴んで無理やり引き寄せた。
「なっ——!?」
「お前も助からなきゃ意味ねぇんだよ!」
咆哮と同時に、巨大な爪が振り下ろされる。
二人の位置はもう重なっていた。
ナヅキが長葱剣を斜めに振り上げ、キサラギは光の奔流をその刃にまとわせる。
——火花と緑の閃光が重なり、巨大な弧を描いて魔物を斬り裂いた。
黒い体が崩れ落ち、瘴気の嵐が吹き荒れる中。
二人は背中合わせに立ち、荒い息を吐く。
「……バカ。自分の命を軽く扱うんじゃねぇ」
「……そうか。アンタ、俺を助けるために無茶したんだな」
驚いたように呟くキサラギに、ナヅキは顔を背ける。
「勘違いすんな。ただ——俺は一人で勝ったなんて言わせねぇだけだ」
夜風に舞う瘴気の中、互いの呼吸は不思議とぴたりと重なっていた。
まだ不揃いの二人。だが確かに、そこには初めての“連携”が生まれていた。




