表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サラダな天使の契約者  作者: あしゅ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/77

紅の暴威(3)

 炎の渦が広がり、赤堕天使の影が不気味に揺れた。

 荒野を溶かすような熱と硫黄の匂いが鼻を突き、視界の端で地平線がゆらゆらと揺らめく。


「……今だッ!」

 ネツレイが歯を食いしばり、スティレットを構えて炎の壁へ突っ込んだ。

 まとわりつく熱風が皮膚を焼くように痛い。だが彼は退かなかった。


 刹那、彼の左手の甲に契約刻印が浮かぶ。

 青紫の毒光がスティレットに走り、刃先から立ち上る煙が炎を押し返した。


 ——彼が編み出したのは、毒と風の複合技。

 堕天使の炎をほんの一瞬だけ鈍らせる、彼にしか扱えない奇策だ。


 スティレットが弧を描き、毒の霧が炎の盾をかすめた瞬間、赤堕天使の体勢がわずかに崩れる。


「隙、作ったぞナヅキ!」


「——おうよッ!」

 ナヅキが吠え、熱に包まれながら長ネギの刃を振り抜く。

 刃が炎を切り裂き、赤堕天使の胸元へ深く叩き込まれた——


 だが、そこで終わらなかった。


『甘いんだよ、人間ッ!』

 赤堕天使の掌が爆ぜ、炎が衝撃波となってナヅキを吹き飛ばす。


「ぐッ……!」

 宙を舞ったナヅキが、無防備のまま地面に叩きつけられた。

 全身を襲う鈍痛、視界を覆う黒。意識が、落ちていく——


---


「ナヅキッ!」

 ネツレイが叫ぶ。

 だが赤堕天使は嗤い、炎をまとった腕を倒れたナヅキへと伸ばした。


「させるかよッ!」


 ネツレイは全身の筋肉が裂けるのも構わず、前に飛び出した。

 両手のスティレットに毒の契約刻印を宿し、交差させて赤堕天使の腕を受け止める。


 灼熱が皮膚を焼き、息が詰まる。

 それでも彼は退かない。


「こいつは……お前なんかに……触らせねぇ!」


 毒光が刃先からじわりと広がり、炎に触れるたびに黒い霧を立ち上らせる。

 その霧が赤堕天使の視界を曇らせ、動きを鈍らせた。


『チッ……毒か……小賢しい真似を』

 赤堕天使が顔をしかめ、炎の渦をさらに濃くする。

 炎の竜巻が轟音を立て、ネツレイの背中に直撃した。


「ぐ……っ……!」

 皮膚が裂ける感覚、喉を焼く熱。

 それでも彼はスティレットを離さなかった。

 片膝をつきながらも、ナヅキの前に立ちはだかる。


(絶対に……こいつを……守る……!)


 ネツレイの脳裏に、過去の任務の光景がよぎる。

 あの時も、仲間を守れなかった——その悔しさが、今の自分を突き動かしていた。


「立てよ、ナヅキ……! お前の番だろうが!」


 赤堕天使の炎が再び弾け、地面に赤い亀裂が走る。

 ネツレイは限界寸前の身体でスティレットを投げ、刃に宿した毒霧を一気に散布した。


 黒紫の煙が炎に混じり、赤堕天使の腕が一瞬だけ痙攣する。

 そのわずかな間に、ネツレイは倒れかけたナヅキの肩を掴んだ。


「おい、起きろ! 俺ひとりじゃ持たねぇ!」



---


 ——黒い闇の奥から、森の音が聞こえる。

 ナヅキの脳裏に蘇るのは、中学の頃の記憶だった。


 母はすでに亡くなり、唯一の家族だった父は借金取りに追われて「解散だ」と言い放ち、姿を消した。

 取り残された少年は、行くあてもなく町をさまよった。


 その足がたどり着いたのは、古びた廃神社。

 それでも、雨風がしのげればもうどこでもよかった。

 誰も世話をしなくなった境内は荒れ放題で、小さな祠の前でナヅキは力なく腰を下ろした。


「腹、減った……もうどうでもいいや……」


 その時だった。

 祠の中から、ぼんやりと光る影が現れた。


『どうでもいいとか言うなよ。私のところに来たお前はラッキーなのだからな』


 現れたのは、小柄で気まぐれそうな天使だった。

 しかし、その背には鮮やかな野菜や果実の幻影が揺れている。


「……なんだよ、あんた」


『私は豊穣の天使……のはずなんだけどな。神社が潰れてから力が抜けてしまった。参ったよ』


 天使は肩をすくめ、手にした籠をひょいと持ち上げた。

 そこには新鮮なパンや野菜が並んでいた。


『なぁ坊主。お前、居場所ないんだろ? 私もないんだ。だったらさ——一緒に強くならないか?』


 ちらつかせられた食料に、ナヅキの腹は素直に鳴った。

 その時の少年に、拒否する余地はなかった。


「……わかったよ。けど、条件ひとつ」


『なんだ? 食生活改善なら大歓迎だぞ』


「絶対に、“解散”とか言うな。俺を置いてくやつは、もうごめんだ」


 天使は一瞬、驚いたように目を瞬かせ——そしてにやりと笑った。


『いいねぇ。その根性、気に入った。じゃあ決まりだ。私がお前を依代にする。力、欲しいだろ?』


 そうして交わされた契約。

 それが、ナヅキとサラダの天使の始まりだった。


---


 暗闇の中、ナヅキはうっすらと目を開ける。

 目の前には、あの天使が立っていた。


『……立て、ナヅキ。私たちの契約、忘れたのか?』


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。

 失い続けてきた自分に、唯一残された“居場所”。

 それが、この天使と仲間だった。


「……ああ。まだ、終わってねぇ」


 目を開いたナヅキの周囲に、再び野菜の幻影がきらめく。

 地面を蹴り、炎の中へと再び飛び込んだ。


「やっと起きたか……!」

 ボロボロになりながらも、ネツレイが振り返る。


「さっさと働け、バカ」


「わかってるよ!」

 息を合わせ、ふたりは赤堕天使に向かって突き進んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ