紅の暴威(2)
轟く炎の咆哮が、夜空を赤く染めていた。
赤堕天使は両腕を広げ、炎を指揮する指揮者のように楽しげに操る。
熱波が荒野を走り抜け、地面は溶けて黒い泡を吹き上げる。
『いいねぇ……燃えるねぇ……人間が慌てふためく顔、最高だ!』
その声は愉悦に満ちていたが、吐き出される熱風は猛獣の咆哮のように荒々しい。
「くそっ……調子に乗りやがって!」
ナヅキは長ネギの刃を構え、炎の中へ飛び込む。
しかし次の瞬間、炎が彼の踏み込みを読んだかのように膨張した。
爆発的な熱風が正面から吹きつけ、ナヅキの体を容赦なく弾き飛ばす。
「うおっ——がはっ!」
地面に叩きつけられ、背中に衝撃が走る。
煙を吐きながら、それでも歯を食いしばって立ち上がった。
「っつー……やっぱ強ぇな、こいつ!」
「当たり前だ。上位堕天使だぞ」
隣でスティレットを構えるネツレイが苦々しい声をもらす。
それでも彼の瞳は恐怖よりも冷徹に、炎の流れを分析していた。
赤堕天使はくつくつと笑い、両手を高く掲げる。
空気がうねり、炎は一本の竜巻へと姿を変えた。
地面を抉りながら天へと駆け昇るその炎は、夜空を血のように赤く染め上げる。
『人間が何人束になろうと、燃やし尽くすだけさ! さあ、踊れ、踊れよ!』
その豪語にかき消されそうになりながらも、ナヅキは声を張り上げた。
「なぁネツレイ! 今日の夕飯、カレーにしてくれ!」
「はぁ!? こんな時に何言ってんだお前!」
ネツレイが目を剥き、炎の影から怒鳴り返す。
「今思いついたからさ! 肉ゴロッゴロのやつ頼むわ!」
「縁起でもないこと言うな! 死亡フラグになるぞ!」
灼熱の渦の中で交わされる軽口。
だが、その声がなければ心が折れてしまいそうなほど、赤堕天使の力は圧倒的だった。
ネツレイは息を荒げながら、額の汗を拭う。
眼鏡の奥の瞳は鋭く炎の動きを捉えている。
「……いいかナヅキ。真正面から突っ込んでも勝てない」
「じゃ、どうすんだよ!」
「頭使え! あいつの炎はただの火じゃない。意志がある。俺たちの行動を読んで、先を潰してくる」
言葉と同時に、ネツレイの手首が鋭く動いた。
スティレットから放たれた小型の投擲刃が炎の竜巻へ飛び込み、一瞬だけ流れを乱す。
赤堕天使が面白そうに口角を上げた。
『へぇ……ちょっとは工夫するんだな? でも——』
その隙を見逃さず、ナヅキが跳び込む。
爆ぜる炎を肩で受けながら、長ネギの刃を真っ直ぐ振り下ろす。
「うおおおおッ!」
刃と炎がぶつかり、轟音が夜空を裂いた。
爆風で土が舞い上がり、二人の姿が一瞬視界から消える。
その影の中で、ネツレイの声が響いた。
「俺が隙を作る! お前はぶった斬れ!」
赤堕天使の嘲笑が混じる中、灼熱の爆発音が荒野を覆った。




