青き幻惑(3)
雪がちらつく夜。
天啓庁の寮に戻ったスイランは、扉を開けるなり重苦しい気配をまとっていた。
ロビーで待っていたナヅキたちはすぐに察し、言葉を失う。
「……スイラン先輩。リヅさんは……?」
ニシナがおそるおそる問いかける。
スイランは答える前に深く息を吐き、そのまま椅子に腰を落とした。
拳を膝の上で固く握りしめたまま、低く告げる。
「……リヅは、もう戻らない」
沈黙。
その言葉は重く、部屋の空気を凍らせた。
「は……?」
ナヅキが信じられないといった顔をする。
「嘘だろ……。あの人、めちゃくちゃ強かったじゃねぇか……」
ネツレイは眼鏡を外し、深く頭を垂れる。
「……青堕天使と相打ち、ですか」
スイランはうなずいた。
「最後まで抗って……青の瞳を砕いた。だが、戻っては来なかった。止められなかった俺の責任だ」
悔恨がその声音ににじんでいた。
ニシナは小さく声を震わせ、両手を胸に抱きしめる。
「……リヅさん……最後まで……」
寮の空気は、冬の雪よりも重く冷えていた。
誰もが口を開けず、ただ沈黙に飲まれていた。
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最初に声を上げたのはナヅキだった。
彼はソファから立ち上がり、拳を壁に叩きつける。
「くそっ……! なんで、なんであの人が死ななきゃいけなかったんだよ! 俺らだって戦ってんのに、なんで先輩ばっかり……!」
怒声の奥にあるのは、悔しさと哀しみ。
ナヅキは唇を噛みしめながら続ける。
「絶対に許さねぇ……堕天使も、裏切り者も。俺が全部、ぶっ潰す」
その背を見つめながら、ネツレイは静かに眼鏡を押し上げた。
「……怒りだけじゃ駄目だ」
低く冷静な声で言う。
「先輩の死を無駄にしないためには、俺たちが冷静に堕天使の動きを解析し、戦術を立てなきゃならない。……感情で突っ走れば、また同じことになる」
だがその目は険しく、言葉の端に震えが混じっていた。
ニシナは涙を拭い、膝の上でぎゅっと手を握りしめる。
「リヅさん……本当に優しかった……。私、ずっと励まされて……強くなりたいって思えたのに……」
彼女は嗚咽をこらえ、顔を上げた。
「だから、もう泣いてるだけじゃ嫌です。リヅさんみたいに……誰かを守れる人になります」
小さな声に、けれど確かな覚悟が宿っていた。
キサラギはしばらく目を閉じていたが、やがて静かに口を開いた。
「……俺は、まだ答えられなかった。リヅ先輩に問われた“道標”の意味に」
拳を握りしめる。
「でも、もう逃げない。仲間を守る。それが俺の道標だ」
視線は鋭く、迷いはなかった。
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スイランは彼ら一人ひとりを見渡し、ゆっくりと頷く。
「……そうだ。その気持ちを持ち続けろ。リヅの死を背負って、俺たちは前へ進むしかない」
窓の外では雪が静かに舞い降りていた。
赤い薔薇の花弁の記憶とともに、それぞれの胸に新しい誓いが刻まれていった。




