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サラダな天使の契約者  作者: あしゅ太郎


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青き幻惑(2)

 鏡の迷宮の中、赤と青の光が幾度となく衝突し、幻惑の世界を揺るがしていた。

 リヅの薔薇の棘は無数の幻影を切り裂き、青堕天使の氷刃を必死に掻い潜る。

 だが幻惑は尽きることなく、幾重にも重なる幻の中で、心臓を凍りつかせるような戦いが続いていた。


「……はぁ……はぁ……。どこまで、幻を見せれば気が済むの?」

 額に汗を滲ませながらも、リヅは棘のツルを握りしめる。


 青堕天使は楽しげに舞い、氷を散らす鏡の中から声を響かせた。

『だって君は、まだ迷ってるじゃないか。本当は“彼女”を求めてるんだろう?』


 次の瞬間、再び現れた親友の幻影。

 白い指先に触れられた髪からは氷の欠片が落ち、頬を撫でる冷気が生々しかった。

 あの日と同じ、柔らかな笑顔。

 その姿に、一瞬リヅの胸は大きく揺らぐ——しかし。


「……もう、惑わされはしないよ」

 リヅは棘を大きく振り抜き、幻影を真っ二つに切り裂いた。

 赤い花弁と氷片が同時に舞い散り、幻惑の鏡が音を立てて砕けていく。


 青堕天使の瞳が細められる。

『……強いね。でも、これで終わりにしようか』


 蒼光が奔り、氷でできた刃が一斉に花弁を裂きながらリヅの胸を狙った。

 同時にリヅもまた、棘のツルを鋭く突き出す。


 ——刹那。


 赤と青の閃光がぶつかり合い、二人の影が交差する。

 リヅの棘が青堕天使の胸を突き刺し、深く貫いた。

 だが次の瞬間、青堕天使の蒼い刃もまた、リヅの体を切り裂いていた。


 互いの力が衝突し、氷と薔薇が混じり合いながら幻惑の空間が崩壊していく。


「……これで……おしまい、だね」

 リヅは薄く笑い、血を吐きながら膝をつく。

 目の前で、青堕天使が苦悶の声を上げながら、砕け散る氷像のように霧へと消えていった。


 その姿が完全に消えると同時に、リヅの体も力を失い、地面に崩れ落ちる。

 視界が暗転し、重たい瞼が閉じていった。



---


回想


 まぶたの裏に浮かんだのは、遠い日の風景。


 まだ幼かった頃。

 放課後になると毎日のように、彼女と二人で小さな秘密基地に集まった。

 木箱と古い毛布を積み上げただけの小さな空間。

 けれど、そこは二人だけの大切な場所だった。


「ねぇ、リヅ。私、薔薇が好きなんだ」

 彼女はそう笑い、窓から差し込む光の中で嬉しそうに語った。


 だからリヅは、内緒で薔薇を飾った。

 秘密基地の壁際に並べ、彼女の笑顔を見たかったから。


 けれど——ある日、魔物の襲撃があった。

 何もできないまま、彼女はリヅの目の前で命を落とした。


 泣き叫ぶ声も届かず、秘密基地の薔薇は枯れかけ、色を失っていった。

 途方に暮れ、何もできず、ただ座り込んでいた時。


『——もし、力が欲しいなら』


 その声とともに現れたのが、薔薇の天使だった。

 美しい微笑みを浮かべ、赤い花弁をまとい、静かにリヅを見下ろしていた。


『契約をすれば、戦う力を与えよう』


 迷う余地はなかった。

 リヅは頷き、手を伸ばした。


---


「……薔薇の……天使……」

 弱々しい声で呼ぶと、彼女の傍らに赤い花弁が舞った。

 そして、光の中に女神のような天使が現れる。


『よく戦ったね、リヅ。君は最後まで迷わなかった』


「……勝てた……のかな……」


『あぁ。君の棘は、確かに堕天使を貫いたよ。氷に閉ざされた幻を、君は打ち破った』


 その言葉に、リヅはかすかに笑った。

 もう視界は滲み、闇に沈もうとしていた。


 だが次の瞬間、天使は静かに告げる。


『伝えておくよ。……君の親友の魂は、私の中に宿っている』


「……え……」


『君が契約を望んだあの日、すでに彼女は私の懐にいた。……だから、君はずっと彼女と共に戦っていたんだよ』


 胸の奥に、温かいものが溶けるように広がる。

 涙が一筋、頬を伝った。


「……そうだったんだ……ずっと……隣に……」


 最後の力で微笑み、リヅは静かに瞼を閉じた。


---


 少し遅れて駆けつけたスイランが、崩れた瓦礫の中でリヅの姿を見つける。

 血に濡れた赤い髪、動かない身体。


「……リヅ!」


 必死に呼びかけても、もう答えは返らなかった。

 その手は冷たく、すでに温もりを失っていた。


 周囲には、戦いの爪痕が生々しく刻まれている。

 凍りついた地面を、深紅の棘が斜めに貫き、氷と薔薇が交差する一点で大きな爆裂痕を残していた。

 それはまさに、二人が最後に相討ちした証。


「……そうか……お前、やり遂げたんだな」

 スイランは奥歯を噛みしめ、目を伏せた。


 その時、赤い花弁がふわりと宙に舞う。

 薔薇の天使が静かに姿を現し、リヅの胸元へ手をかざした。

 散った花弁は淡い光となり、リヅの魂を包み込むように渦を描いていく。


『契約は果たされた。彼女の魂は、私が引き受けるよ』


 静かな声とともに、光はすべて天使の唇へと吸い込まれていった。

 残されたのは冷たい身体と、散り敷かれた薔薇の花弁だけ。


 スイランの喉から、悔恨の声が漏れる。

「……勝手に、行くなよ……」


 夜の風が吹き抜け、薔薇の花弁と氷片が、静かに舞い落ちていった。



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