抜き打ちの微笑み(1)
昼下がり。
寮のチャイムが鳴り、ドアを開けるとチェリーが立っていた。
白いブラウスに淡いグリーンの髪、柔らかい笑顔——だが、その瞳の奥にはいつもの冷静な光が宿っている。
「こんにちは。少し、時間をもらってもいいかしら?」
不意の訪問に、部屋の空気がばたばたとざわめいた。
「お、お茶菓子……! 何を出せば……! クッキーか、いや最中か……!」
ネツレイは慌てて台所へ駆け込み、引き出しをひっくり返しながら独り言を漏らす。
「気を遣わなくていいわ。ここはみんなの家なんだから」
チェリーはすっとソファに腰を下ろし、微笑んだ。
だが、その目線は一瞬で床へ滑る。
転がった雑誌の表紙に、赤やピンクの目立つイラスト。
「……あ」
ナヅキの顔から血の気が引いた。
「それはダメ! み、見ないでくださぁぁぁい!」
慌てて飛びついた手を、チェリーは軽く押さえる。
「……ナヅキ」
「ひぃっ」
「こういうものはね、ニシナの前に置かないこと。わかった?」
声は穏やかなのに、有無を言わせない威圧感。
「は、はい……」
ナヅキは肩を落とし、ニシナは顔を覆って真っ赤になっていた。
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和やかなやりとりの裏で、チェリーの視線はさりげなく部屋を巡る。
壁際の通信端末、掲示板のメモ、机に散らばる書類。
一見すれば生活感あふれるだけの寮。だが彼女の目は油断なく、細部を拾い上げていた。
(……もしここから情報が漏れているなら、必ず痕跡があるはず)
紅茶を受け取ったチェリーは、湯気の向こうで静かに決意を固める。
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やがてチェリーが去り、寮の空気はどっと気疲れしたように沈んだ。
ナヅキはソファに倒れ込み、深いため息をつく。
「ちぇー……結局、雑誌没収されたし。抜き打ちチェックとか聞いてねーぞ……」
愚痴をこぼす横で、ニシナはまだ頬を赤らめて縮こまっている。
そんな中、キサラギがふと手を伸ばし、彼女の頭を軽く撫でた。
「……あれが“ただの生活指導”に見えたのか?」
「へ?」
ナヅキがぽかんと顔を上げる。
「……へ?」
ネツレイも眼鏡を直しながら間の抜けた声を漏らした。
キサラギは真剣な瞳で二人を見やる。
「チェリーさんは、俺たちの部屋だけじゃなく、全部の寮を見て回ってるはずだ。……あれは生活点検じゃない。情報の抜け道を探してる」
ネツレイの表情が険しくなる。
「……つまり、内部に“裏切り者”がいる……?」
ニシナが不安げに息を呑み、両手を胸に当てた。
誰も言葉を継げないまま、寮の時計の針の音がやけに大きく響いた。




