揺れる組織(2)
深夜の街。
繁華街の灯りから外れた路地裏は、雨上がりの湿った匂いと冷たい風に沈んでいた。
濡れたアスファルトには街灯の光がゆらめき、誰もいないはずの通りに、重い靴音だけが響く。
一人の幹部が、コートの襟を立てて歩を止めた。
周囲を素早く見渡す。人通りはなく、店のシャッターは固く閉ざされている。
外套の下で、指先が落ち着きなく煙草を探り、また引っ込めた。
——その時。
頭上から、黒い羽がひらりと舞い落ちた。
直後、無邪気な笑い声が夜気を震わせる。
『やぁ……待たせたね、人間さん』
路地裏の薄闇から、堕天使がゆっくりと舞い降りる。
漆黒の翼が広がり、赤黒い血の匂いをまとった羽根がぱらぱらと散った。
「……声を抑えろ」
幹部は眉をひそめ、吐き捨てる。
「ここがどこだと思っている」
『あはは、相変わらず心配性だね。でも安心して?』
堕天使は肩を竦め、唇を無邪気に歪めた。
『君はもう立派な“仲間”。裏切りなんてしないよ。……君が誰かを裏切らない限りは』
皮肉めいた声音に、幹部は顔をしかめる。
ポケットから煙草を取り出しかけたが、結局、火を点ける前に指を止めた。
「約束を守れ。……魂を奪わずに力を与える。その仕組みを広めるのだ」
『もちろん!』
堕天使は両手を広げ、愉快そうに嗤う。
『“魂を奪われる”と怯えるから、人間は脆くなる。だけど、“奪われずに済む”と知ったら……どうだろう? ねぇ、裏切り合うのなんて簡単さ』
幹部の瞳に冷たい光が宿る。
「……勝てばいい。天啓庁は古い秩序に縛られすぎている。時代は変わる」
『そうそう! だから君は特別だ。もっと混ぜよう、混沌を!』
堕天使の翼がばさりと鳴り、赤黒い羽が闇に散った。
月明かりに照らされた路地裏で、二つの影が重なり、低い笑い声が静かに響いた。
——それは、新たな崩壊の序章にすぎなかった。




