蛇の瞳(2)
堕天使の残骸が灰となって風に散り、戦場に夜の静けさが戻った。
血と汗の匂いがまだ漂う中で、リヅは赤薔薇の天使を背に立ち、ゆったりとした笑みを浮かべていた。
「……よく持ちこたえたね。立派だったよ」
その声に、キサラギが歩み寄り、両手でしっかりと紙袋を抱えるように頭を下げる。
「リヅ先輩……駆けつけてくださって、本当にありがとうございました。俺たちだけじゃ、きっと……」
深々と礼を言う彼に、リヅは微笑んで肩を軽く叩いた。
「礼なんていい。私はただ——君たちの“未来”を守りたかっただけだから」
キサラギは視線を逸らしながらも、口元を引き結ぶ。
「……そんなこと、最前線で戦ってるリヅ先輩に言われたら……頼もしいですよ。……いや別に、持ち上げてるわけじゃないですけど」
静かな余韻を割るように、横からナヅキがぐいっと顔を出した。
「へぇ! リヅ先輩って言うんすね! 薔薇の技、マジでカッコよかったっす!! 本当にありがとうございました!」
「……ナヅキ」
キサラギの眉間に深いしわが寄る。
だが当の本人は悪びれるどころか、さらに身を乗り出した。
「ところでさぁ、キサラギとはどういう関係なんすか?」
「うるせぇ、黙れ」
即座に突き放すキサラギ。だがナヅキは懲りる気配を見せない。
「彼氏いないんなら、俺にも可能性あるってことでいいですか!」
グイグイ距離を詰めてくる無鉄砲さに、リヅは思わず吹き出した。
「ふふ……元気だね。面白い子」
「……やめてください、コイツ調子に乗るんで」
キサラギは本気で鬱陶しそうに額を押さえた。
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一方その傍らでは、ニシナが石と化したままのセイランに歩み寄っていた。
小さな肩を震わせ、涙をこぼしながら両手を差し伸べる。
「お願い……戻って……セイラン先輩……」
その涙が灰色の頬に触れた瞬間、かすかな音が響いた。
かちり、と。石の表面に細い亀裂が走り、やがて全身に広がっていく。
「……ニシナ……」
目を開いたセイランが、掠れた声で彼女の名を呼んだ。
「ごめん……俺、もう間違わない」
その言葉を聞いた瞬間、ニシナは嗚咽をこらえきれず、勢いよく抱きついた。
「……おかえりなさい……!」
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感動の光景の片隅で、地べたに座り込んだネツレイがぼそりとぼやいた。
「……あの……俺も、わりと重症なんだけど……?」
割れた眼鏡の奥から、疲労困憊の目がじとりと仲間を見回す。
「……はっ!!」
全員が同時に振り返り、慌てたように口々に叫んだ。
「わ、忘れてないから!」
「大事だからな!」
「すぐ連れてく!」
キサラギがすぐに駆け寄り、肩を貸して立たせる。
「全く……どいつもこいつも、勝手すぎる……」
ネツレイは文句を漏らしつつも、その声にはどこか安堵の色が混じっていた。
夜風が薔薇の花びらをさらい、赤と灰の余韻だけを静かに残した。




