揺らぐ秩序(3)
闇の刃が降り注ぐ中、ナヅキは全身を削るようにして剣を振るい続けた。
仲間の背を守る、その一心で。
「ナヅキさん……」
ニシナの喉から、震え混じりの声がこぼれる。
その背中が、彼女の心を揺さぶった。
——守られてばかりじゃいけない。
——自分も、戦わなければ。
ニシナは深く息を吸い込み、足を一歩、前へ。
「……セイラン先輩。もう、止めてください」
正面から歩み出たその姿に、セイランの瞳がわずかに揺れた。
「ニシナ……?」
彼女は髪をふわりと広げ、紫の瞳を真っ直ぐに向けた。
瞬間、空気が張り詰める。
「——っ!」
セイランの動きが止まり、腕が石のように固まっていく。
驚愕に目を見開きながらも、抗う力はない。
足元から徐々に、灰色の石化が全身を覆っていった。
最後に残った瞳に、わずかな後悔の色が浮かんだ。
「……すまない……」
その声は掠れ、完全に石と化した。
ニシナは小さく震えながらも、背筋を伸ばしていた。
「……私は、仲間を守る」
堕天使がぱちぱちと手を叩く。
『わぁ、すごいねぇ! あんなに優しかった彼を、自分の手で石にしちゃうなんて! 君、本当に面白い!』
その笑みは無邪気で残酷。
だが、もうニシナは怯えていなかった。
涙を一筋流しながら、堕天使へと視線を向ける。
「次は……あなたです」
紫の瞳が鋭く光り、髪が蛇のようにうねりを上げる。
堕天使は一歩踏み出し、愉快そうに翼を広げた。
『いいねぇ。じゃあ、今度は僕と遊ぼうか』
堕天使が翼を広げた瞬間、鋭い金属音が夜を裂いた。
「——っ!」
ネツレイのスティレットが、闇の影を掠めて突き刺さる。
刃に塗られた毒が、確かに堕天使の肩口を焼いた。
『……あはっ! 効いた! すごいじゃない!』
無邪気に笑いながらも、堕天使の瞳が怪しく光る。
次の瞬間——。
闇の刃が逆に閃き、ネツレイの肩を深々と貫いた。
「ぐっ……!」
鮮血が飛び散り、ネツレイの身体が崩れ落ちる。
「ネツレイ!」
ナヅキが叫び、ふらつく足で駆け寄るが、その身体も既に満身創痍だった。
剣を支える腕は痙攣し、息も荒い。
その二人を、キサラギが必死に抱え上げた。
「こっちだ……!」
物陰へと身を潜め、肩で息をしながら二人を庇う。
「くそっ……俺らじゃ、持たねぇ……」
ナヅキが悔しげに呻く。
ネツレイは青ざめた顔で歯を食いしばり、「無茶を……」と声を洩らした。
その様子を振り返り、ニシナはぎゅっと拳を握った。
恐怖で震えている。けれど、それ以上に胸に燃える決意があった。
「キサラギさん!」
振り返った瞳には、涙と炎が混じっていた。
「——逃げて、本部に報告を!」
「な……! お前を置いて行けるわけ——」
「行ってください!」
遮るように叫ぶ。
「ナヅキさんも、ネツレイさんも……誰かが生きて戻らなきゃ、この戦いは意味がないんです!」
堕天使が楽しげに首を傾げた。
『ふふ……覚悟決めちゃった顔だね。いいねぇ、遊ぼうよ』
ニシナは振り返らない。
ただ一歩前に出て、紫の瞳を真っ直ぐに堕天使へ向けた。
「——ここで、わたしが止めます!」
その小さな背中が、仲間三人を守る盾のように夜に立ちはだかる。




