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サラダな天使の契約者  作者: あしゅ太郎


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マテラの特訓(2)

 雷撃訓練を終えた頃には、訓練場の床は黒く焦げ、四人は汗と煤にまみれていた。

 マテラは雷を収め、ゆっくりと杖代わりの刀を突き立てて腰を下ろす。


「……ふぅ。まぁ、最初にしては上出来だろう」


「上出来どころか、死ぬかと思ったぞ……くそじじい」

 ナヅキがどかっと腰を下ろし、息を荒げながら笑った。


「さらっとランクアップするな……!」

 マテラは言い返したが、その声に力はなく、苦笑が混じっていた。


 やがて仲間たちは水を汲みに出て行き、広い訓練場には二人だけが残った。

 静寂の中で、マテラは瞼を閉じ、ぽつりと呟いた。


「……俺にもな、かつてバディがいた」


 ナヅキが顔を上げる。

「……あ?」


「若い頃は、いつも肩を並べて戦った。誰より強く、誰より真っ直ぐな奴だった」

 その声は淡々としているのに、奥底に震えが混じっている。


「だが……ある時、堕天使に囁かれたんだ。『人間の魂は食われるためにある、戦うのは無意味だ』とな」

 マテラの瞳がかすかに揺れる。

「……そいつは結局、俺を裏切り、堕天側に堕ちた。俺は止められなかった」


 焦げた床に視線を落とす拳が、かすかに震えている。


「……だから俺は、前線を退いた。だが今また奴らが動いている。……なら、俺は残った者のために立つしかない」

 絞り出すような声に、積み重ねた年月の重さがにじむ。


 ナヅキはしばらく黙っていたが、やがてぼそりと呟いた。

「……じじい、案外カッケェな」


「いやそれ褒めてんの貶してんの!?」

 マテラは顔を赤くして怒鳴ったが、その目元には確かな安堵があった。

 その背を見ながら、ナヅキは小さく笑みを浮かべた。



---


 翌日。

 寮の簡易訓練室に、ナヅキたち四人と天使たちが集められていた。

 マテラは背筋を伸ばし、かつての隊長の面影を漂わせながら前に立つ。


「いいか。今日は戦い方ではなく“堕天使”について話す」


 その言葉に、ニシナの表情がこわばる。

 先日の惨劇が、まだ鮮明に胸を焼いていた。


「堕天使は、ただ強いだけの敵じゃない。奴らは人間を“唆す”。そして必ず、心の隙を突いてくる」


 キサラギが腕を組み、苦々しい顔で呟いた。

「……こないだのやつも言ってたな。“君に何ができるの?”って」


「そうだ。あれは挑発じゃない、“種まき”だ」

 マテラの瞳が鋭く光る。

「心に疑念を植えつけ、腐らせ、やがて契約者を堕とす。……俺のバディも、そうやって失われた」


 重苦しい沈黙が落ちる。

 ネツレイが真剣な眼差しで口を開いた。

「……つまり、どんなに人間に寄り添うふりをしても——」


「ああ」

 マテラは頷き、力強く言い放つ。

「堕天使の声に耳を傾けるな。一度でも心を許せば、必ず引きずり込まれる」


 その声は、教訓というより遺言のように重かった。


 ニシナは小さく息を呑み、両手を胸に当てて囁いた。

「……わ、わたし、絶対に聞きません……」


「よし。それでいい」

 マテラは満足げに頷き、だがすぐに険しい顔に戻る。

「だが口で言うのは簡単だ。問題は実際に遭遇したときだ。……次に奴らと会ったとき、お前らは必ず“揺さぶられる”。その覚悟を持て」


 重苦しい講義に、ナヅキは頭をかきながらため息をついた。

「チッ……わかってるよ。けど俺は絶対に騙されねぇ。……俺は俺の仲間だけ信じる」


 その言葉に、マテラはふっと目を細めた。

「……その意地がある限り、お前は堕ちないだろうな」


 白髪のじじいの声には、かつて失った仲間への哀しみと、若者たちへの切なる期待が入り混じっていた。


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