マテラの特訓(1)
翌日。
天啓庁の訓練場は、まだ朝の冷たい空気を張り詰めさせていた。
呼び出されたナヅキたち四人は、どこか緊張した面持ちで並んでいた。
「先日の堕天使、強かったわね。このままじゃ負けちゃうかもしれない……。そこで、君たちには堕天使対策の特訓を受けてもらうわ」
チェリーの声が響き、その隣にひとりの老人が姿を現した。
背筋はやや曲がり、髪も真っ白。
だが、眼光は鋭く、ただ立っているだけで周囲の空気を支配する迫力があった。
「……紹介するわ。元・前線部隊所属、今は庁の指導役を務める《マテラ》よ」
「じじいじゃん」
ナヅキが真っ先に口を開き、即座にネツレイが肘で小突いた。
「お前な……!」
マテラの眉がぴくりと跳ねる。
「じ、じじいではない! マテラと呼べ!」
「でも……おじいちゃんですよね?」
ニシナが素直に言ってしまい、マテラは一転して目を細め、柔らかな笑みを浮かべた。
「ふふ……おじいちゃん、か。悪くない呼び方だな」
「……ちょろ」
キサラギがぼそっと呟いた瞬間、彼のポケットが軽くなった。
「あっ!? 俺のどら焼きがねぇ!」
「む。甘いものは命の源だ。返すつもりはない」
マテラはどら焼きをむしゃむしゃと頬張り、咳払いひとつで空気を切り替えた。
「さて……余興はここまでだ。今日から貴様らには、“生き残るための戦い”を叩き込む」
その背後で、雷光が弾けた。
白銀の翼を持つ雷の天使が顕現し、訓練場全体を眩い閃光で満たす。
『……また力を使うのか。お前の体力では長くは保たんぞ』
低い声が響き、雷鳴が床を震わせる。
「構わん。若い芽を育てることこそ、今の使命だ」
マテラが拳を握ると、稲光が空気を裂き、砂煙を散らした。
「さぁ、来い! 堕天使に怯えている暇があるなら、この俺を倒してみせろ!」
挑発と同時に、稲妻が奔る。
轟音が壁を揺らし、床に焦げ目を刻む。
「じじい、やべぇ……本気じゃん……!」
「だからじじいじゃない!」
雷撃を紙一重で避けたナヅキが舌打ちし、長ネギの剣を振り払った。
剣が稲妻を受け流した瞬間、火花が散り、腕に痺れが走る。
「っ……効くな……!」
「ナヅキ、無茶すんな!」
ネツレイがすかさず滑り込み、スティレットを地面に突き立てる。
刃先から広がった毒煙が、雷の流れをわずかに遮断した。
「ナイスだ、ネツレイ!」
キサラギがその隙を逃さず光球を放ち、閃光でマテラの視界を奪う。
ニシナが髪を伸ばし、仲間たちを絡めて一気に退避させた。
「みんな、こっち!」
背後で雷撃が炸裂。
寸前で退いた四人の頭上を稲妻がかすめ、髪が逆立つ。
「……おおっ、なんかいい感じじゃん。今の、ちょっと息合ったんじゃね?」
ナヅキが肩で息をしながら笑う。
「調子に乗るな。次は合わせられなければ感電死だ」
ネツレイが眼鏡を押し上げ、冷ややかに言い放つ。
『……お前たち、今のは悪くないぞ』
雷の天使が静かに言葉を落とした。
『だが、この老いぼれに一撃でも届かねば、堕天使には到底及ばぬ』
「老いぼれ言うな!」
マテラが雷を纏った拳を構える。
「さあ、次は全員でかかってこい! 俺を倒せるまで、訓練は終わらん!」
雷鳴が轟き、訓練場が白一色に塗り潰される。
四人は互いに視線を交わし、自然と背を合わせていた。
「……よし、行くぞ!」
「おう!」
「はい!」
「了解だ!」
その声が重なった瞬間、雷光の下で初めて彼らの鼓動がひとつに重なった。




