堕ちた翼(2)
寮のリビングには灯りが点っていた。
けれど、その温もりは誰の胸にも届いていなかった。
ただ沈黙だけが、食卓の上に冷たい影を落としていた。
「……クソッ!」
ナヅキがついに声を荒げ、拳で机を叩いた。
乾いた音が響き、テーブルの上に置かれたグラスが震える。
「目の前で、あんな……! ふざけやがって……俺、何もできなかった!」
怒鳴り声の奥に、悔しさと無力感が滲んでいた。
ソファの端では、ニシナが小さく身を縮めていた。
膝を抱き、耳を塞ぎたいように肩をすくめる。
「……わたし、まだ……耳から離れない……あの、笑い声……」
その震える声は、まるで寒さに凍える子どものようだった。
キサラギは壁に背を預け、口元を固く結んだまま視線を伏せる。
「……オレも、冗談言えなかった。……あんなの、冗談で済ませられねぇ」
いつも軽口を叩く彼の声が重く沈むと、それだけで場の空気がさらに重くなる。
ネツレイは椅子に腰を下ろし、眼鏡を外して目頭を押さえていた。
「……あれが“堕天”か。……強さの問題じゃない。あれは……悪趣味な遊び心で人を殺せる存在だ。質が違う」
誰も反論できなかった。
ただ静けさと後悔だけが漂う。
やがて、その場にふわりと光が揺らめき、サラダの天使が姿を現した。
『……“堕天”は、かつて光の側にあった者。だからこそ、強く、そして醜くなる。——今のお前たちでは、確かに勝てぬだろう』
「そんなの……わかってる!」
ナヅキが吐き捨てるように言う。
拳を握る手は白くなり、震えが止まらない。
「でもだからって、見過ごせるわけねぇだろ!」
すると、闇の中から毒キノコの天使の声がくぐもって響いた。
『だから楽しいのではないか。抗っても抗っても、笑いながら踏み潰してくる相手だ。絶望こそが最高の調味料だよ』
「テメェは黙ってろ!」
ナヅキが怒鳴り返す。
その叫びを受け、ネツレイは深く息を吐いた。
「ナヅキ……お前の怒りは正しい。だが冷静になれ。今のままじゃ、俺たちもあの時の部隊と同じになるだけだ」
重苦しい沈黙。
誰も口を開かず、ただ時計の針の音だけがやけに大きく響いた。
その空気を破るように、花火の天使が欠伸をしながら天井から姿を現す。
『……まぁ、次はド派手にやろうぜ。俺は火薬追加して待ってるからよ』
いつもなら笑いを誘う軽口。
けれど、この夜ばかりは誰ひとり笑えなかった。




