堕ちた翼(1)
夜の廃ビル街。
砕け散ったガラス片が風に舞い、紫の瘴気が低く渦を巻いていた。
「まさか偵察でこれとはな……」
ナヅキが剣を肩に担ぎ、不満そうに吐き捨てる。
「観測班のデータは正確だ。瘴気濃度の急上昇——間違いなく“異常”だ」
ネツレイは端末を見つめ、声を低くした。
その時、轟音。
ビルが爆ぜ、炎が夜を裂く。赤黒い炎の向こうに“それ”は立っていた。
漆黒ではなく、蒼。
濁りひとつない青の光を宿した翼は裂け、冷たい氷片のような羽根がひらひらと降り落ちる。
頭上の光輪は折れ曲がり、青白い火花を散らしていた。
そして、あどけない笑顔を浮かべた男が、無数の魔物を糸で操る人形のように従えていた。
『きゃははっ! いいねぇ……いい音、いい匂い! 人間って壊れると、まるで氷が割れるみたいに綺麗だ!』
指先が軽く弾かれるたび、魔物が襲いかかる。悲鳴、血飛沫。契約者の命は青い夜に溶けるように散っていく。
『ほら見て! パリンッて割れた! ねぇ、楽しいでしょ?』
「それ以上はやめろォォォッ!」
怒声を上げ、ナヅキが飛び込む。長ネギの剣が閃き、魔物を斬り裂く。
『おや……元気なのが一匹。ふふ、いい顔だ』
青の堕天使は首をかしげ、子どものように笑う。
『ねぇ君、怒ってる? 仲間を守りたいんだね。すごく……澄んだ目をしてるよ』
「てめぇみたいに命を弄ぶ奴、絶対に許さねぇ!」
ナヅキが叫び、剣を振るう。だが堕天使は楽しげに手を叩いた。
『へぇ……でもね、君が怒っても何も変わらない。見せてあげるよ』
その声と同時に、別の契約者が魔物に噛み砕かれた。絶叫が青に溶け、血飛沫が夜気に散った。
『ね? 君はただ見てるだけ。氷のように冷たい無力感、味わえてる?』
「黙れッ!」
怒りで剣筋は荒れ、魔物の群れが次々と取り囲む。
「撤退だ! 全員退け!」
ネツレイの声が飛ぶ。
「ここで倒れたら全滅する!」
「だが仲間が——!」
「死んだら、守る意味もなくなる!」
ナヅキは悔しげに歯を食いしばり、仲間と共に後退した。炎と青白い閃光の街を抜けるように、四人は必死に撤退する。
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残された戦場に、新たな風が吹いた。
「——やめなさい」
嵐のような気配がビル群を薙ぎ払う。
緑の長髪を揺らし、チェリーが現場に降り立った。風が瓦礫を宙に舞い上げ、炎を一瞬で呑み込む。
『あら、新しい遊び相手? ……ううん、これは“大物”だ』
青の堕天使は子供のように目を輝かせる。
「あなた……青の堕天使ね。天使の名を汚す存在、ここで討つ」
チェリーの一声と同時に烈風が爆ぜ、魔物の群れが灰と化す。嵐の刃が廃墟を一掃し、風の怒りが夜を裂いた。
しかし堕天使は笑みを浮かべ、影に身を沈める。
『ふふふ、また遊ぼうね。次はもっと、冷たく壊してあげる……!』
瘴気ごと姿が掻き消えた。
「……逃げたか」
風を収めたチェリーは拳を握り、横たわる契約者の亡骸を見下ろす。
「青の堕天使——必ず、私たちで終わらせる」




