豊穣の天使、拗ねる
昼下がりの寮は、柔らかな日差しと食材の匂いに包まれていた。
キッチンではネツレイがエプロン姿で包丁を握り、黙々と野菜を刻んでいる。
その横でナヅキが腕を組み、腹を鳴らしながらふてぶてしく待っていた。
「おい、早くしろよ。俺もう腹減って死にそう」
「なら自分で切れ!」
「は? 俺がやったら手元が狂って、お前を刺しちまうかもしれねぇぞ」
くだらない言い合いの最中、空気がゆらりと揺れた。
光と共に現れたのは、白い翼を広げたサラダの天使。
彼(あるいは彼女)は、ひらりと指を振り、テーブルへ野菜や果物、さらには肉や穀物までも次々と呼び出していく。
『ほら、今日も素材は万全だ。思う存分、腕を振るうがよい』
ネツレイは思わず手を止め、目を見開いた。
「……いや、確かに便利すぎるけど……」
「おう、さすがだな! 便利係!」
ナヅキが豪快に笑った、その瞬間——サラダの天使の笑顔がぴしりと固まる。
『……べ、便利……係……?』
ひやりとした空気が広がった。
キサラギがクッキーを頬張りながら小首を傾げる。
「え? 違うの?」
『ち、違う! 私は“豊穣の天使”。古代には大地を潤し、人々に実りをもたらした、尊き象徴なのだ!』
胸を張って高らかに宣言するサラダの天使。
しかしナヅキは悪びれもなく言い放った。
「でも今は冷蔵庫代わりだろ?」
『なっ……! ひどい!』
翼をばたつかせ、涙目で椅子に腰掛けてしまうサラダの天使。
おろおろと慌てたのはニシナだった。
「……あのっ、サラダって本当にすごいです! 私、いつも美味しくて……ありがたいって思ってます!」
その純粋な言葉に、サラダの天使の頬がほんのりと朱に染まる。
『……ふ、ふむ……そうか……?』
「そりゃそうだろ。あんたがいなきゃ、俺ら毎日レトルト飯だぜ」
キサラギが笑いながら背を軽く叩く仕草をする。
「それが便利係なんだろ」
ナヅキがぼそっと呟いた瞬間、
「黙れ!」とネツレイが机を叩き、声を荒げた。
「サラダの天使は神聖なんだ! 二度と便利係とか言うな!」
『……ふ、ふふ……そうだとも!』
サラダの天使はようやく胸を張り直し、機嫌を取り戻す。
——その日の夕食は、サラダの天使の“意地”でいつもよりも豪勢に彩られた。
彩り豊かな皿が並ぶ食卓で、四人は口々に笑い合い、やかましい掛け合いの中で、豊穣の天使はどこか誇らしげに頬を緩めていた。




