夜の訓練場にて(2)
訓練場に笑い声が響いていた。
ナヅキとネツレイはまだ「洗濯係」をめぐって取っ組み合い、キサラギは自販機で買ったいちごミルクをニシナに勧めている。
ほんのひととき、戦場を忘れた穏やかな時間——。
——だが。
地の底から低い唸りが響き、空気がびりびりと震えた。
訓練場の隅、フェンスの向こうに黒い亀裂が走り、紫の瘴気が噴き出す。
熱気と冷気が同時に押し寄せ、結界の明かりが不気味に明滅した。
「……異界門ッ!?」
ネツレイが声を張り上げ、スティレットを抜き放つ。
裂け目から這い出したのは、煤に覆われた獣型の魔物たち。
十を超える群れが、訓練場を埋め尽くす勢いで現れる。
「チッ、遊んでる場合じゃねぇ! 真面目にやりますか!」
ナヅキが木刀を投げ捨て、長ネギの剣を呼び出す。
「ふっ、花火の出番か!」
キサラギが両手を広げると、ぱちぱちと光の粒が弾け、夜を昼のように照らした。
ニシナは缶を慌てて置き、震える指を強く握る。
「……わ、わたしも……戦う!」
髪が蛇のようにうねり、前髪の奥で瞳が強く光を帯びた。
『面白い。突然の戦場こそ、力の試金石よ』
メデューサの天使が艶やかに囁き、
『おいおい……寝起きの爆発芸なんざ効くかよ。だが派手にやるしかねぇな!』
花火の天使が眠たげに笑う。
『見ろ。安息の時間など幻にすぎん。血と毒の宴こそ真実だ』
毒キノコの天使の声に、ネツレイが奥歯を噛みしめた。
「全員、まとめていくぞ!」
ナヅキが叫ぶ。
「ここで息合わせられなきゃ、寮もクソもねぇ!」
返事はなかった。
けれど次の瞬間、四人は自然と背中を合わせ、魔物の群れへ駆け出していた。
咆哮と瘴気で視界が歪む中、陣を組む。
「来るぞ!」
ネツレイが紫煙を散らし、突撃を鈍らせる。
「ナヅキ、足を止めた!」
「任せろ!」
ナヅキが風のように駆け抜け、鈍った脚を斬り裂く。
「花火——点火!」
「はいよっ!」
キサラギが光の花を夜空に咲かせ、爆音で群れを怯ませる。
その隙に、ニシナが一歩踏み出す。
「……っ!」
視線を合わせた魔物が次々と灰色に固まり、髪が蛇のように絡みついて動きを封じる。
「ナイスだ、ニシナ!」
キサラギが声を飛ばす。
「とどめだ!」
ネツレイのスティレットが突き刺さり、毒が体内を駆け巡る。
紫煙と石化が重なり、巨体が音もなく崩れ落ちる。
「——今だ、全員で!」
ナヅキの号令に合わせ、剣、毒、花火、蛇髪が一斉に襲いかかる。
轟音と閃光が訓練場を揺らし、残りの魔物を一掃した。
異界門は音もなく閉じ、夜に静寂が戻る。
四人は肩で息をしながら、互いの顔を見やった。
「……やっと、終わった……」
ニシナが安堵の涙を浮かべる。
「まー悪くなかったな」
ナヅキが剣を肩に担ぎ、にやりと笑った。
「でしょ? 俺ら、やればできるんだよ」
キサラギが飴玉を転がし、無邪気に笑う。
「……全員生きてるなら、評価できる」
ネツレイは疲れをにじませながらも、眼鏡の奥で安堵の色を隠せなかった。
その夜、四人は初めて——不完全ながらも“仲間として”戦場に立った。




