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サラダな天使の契約者  作者: あしゅ太郎


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13/23

夜の訓練場にて(1)

 寮の裏手にある訓練場は、夜でも淡い照明に照らされている。

 ひんやりとした空気の中、模擬戦を終えたニシナは壁に背を預け、乱れた呼吸を必死に整えていた。


「……はぁ……やっぱり……体力がもたない……」


 額には汗がにじみ、細い肩がわずかに上下している。

 視線の先では、ナヅキとネツレイがまだ模擬戦の続きをやっていた。木刀と短剣が打ち合わされる音が、夜気を裂いて響いている。


 そんな中、キサラギがふっと彼女の方へ歩み寄った。


「ちょっと休め。……ほら」


 彼が向かったのは敷地の端に設置された自販機だった。

 小銭を投入し、迷いなく押したボタンから、ゴトン、と小気味いい音を立てて缶が落ちてくる。

 それを取り上げ、ニシナの前に差し出した。


「……いちごミルク?」


「ああ。甘いの、飲んでみな。疲れた体には効く」


 ぶっきらぼうに見えながらも、どこか気遣う声。

 ニシナは恐る恐るプルタブを開け、一口含む。

 その瞬間、ぱぁっと顔が明るくなった。


「……甘い……! すごく、おいしい……!」


 無邪気な笑みに、キサラギは一瞬、言葉を失った。

 胸の奥に、過去の記憶が重なったからだ。


 孤児院での食卓はいつも質素で、与えられるのは最低限。

 その後の生活も、戦うための訓練に縛られ、甘い飲み物に触れることすらなかった。

 放課後に駄菓子屋へ寄る。友達とジュースを飲みながらくだらない話をする。——そんな“当たり前”を、彼は一度も経験してこなかった。


 ニシナも同じだ。

 病弱で学校に通えず、友達と笑い合う時間もなく、いきなり天使と契約して戦場に立たされてしまった。

 だからこそ、彼は願ってしまう。


(……せめて、この子には。俺と同じ、苦しみばかりを背負わせたくない)


 缶を胸に抱え、嬉しそうに頬を染めるニシナを見て、キサラギは小さく息を吐いた。

 その笑顔を守ることこそ、自分のできる最善なのだと、改めて感じながら。


「……冷たすぎると腹壊すぞ。ゆっくり飲めよ」


「はい……! ありがとうございます」

 素直に頷いた彼女の微笑みは、夜の風よりもやわらかだった。


 その一方で、訓練場の中央ではナヅキとネツレイが向かい合っていた。

 木刀を握るナヅキに対し、ネツレイはスティレットを模した短剣を構える。目には互いに負けられない意地が宿っている。


「よし……この勝負に負けたら、洗濯係はお前な」

 ネツレイが眼鏡をくいっと押し上げ、不敵に口角を吊り上げた。


「はぁ!? なんでそうなるんだよ!」

 ナヅキが大声を上げる。

「やりたくねぇ! 押しつけんな!」


「俺は料理で忙しい。だからお前が洗濯。合理的だ」


「合理じゃねぇ! 横暴だ!」


 言葉の応酬は次第に打ち合いに変わる。

 カンッ、カンッと乾いた音が訓練場に響き、互いの武器が火花のようにぶつかり合う。


「……速いな」

 ネツレイが息を詰める。

「洗濯免れたい一心で動きが冴えてるんじゃないか?」


「当たり前だ! 俺は自由な時間は多い方がいい!」


「それくらい我慢しろ!」


 ナヅキが踏み込み、木刀で短剣を弾き飛ばす。

 ネツレイはとっさに後ろへ跳び、汗を拭いながら新たな短剣を構えた。


「くっ……まだだ!」

「しつけぇ! もう負け認めろよ!」

「嫌だ! 絶対にお前を洗濯係にしてやる!」


 まるで子どもの喧嘩のような言い争いが続く。

 訓練場の隅から眺めていたキサラギが苦笑し、ニシナも思わず肩を震わせて笑った。


「……ほんと、仲いいですね」


「いや、あれは仲いいんじゃなくて犬猿っていうんだ」

 キサラギが肩をすくめ、けれどどこか楽しげに笑った。


 夜の訓練場。

 風が吹き抜け、笑いと怒声が重なり合う。

 それは戦場では見られない、確かに“青春”と呼べるひとときだった。


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