穏やかなる嵐(1)
会議室は他の部屋とは明らかに空気が違っていた。
壁一面に張り巡らされた結界が淡く光を放ち、息をするだけで肺が重くなるような圧迫感が漂っている。
四人——ナヅキ、キサラギ、ニシナ、ネツレイが席に着くと、奥の扉が音もなく開いた。
白いローブを纏った女性がゆっくりと歩み出る。
腰まで流れる薄緑の髪が揺れ、ただの風のはずなのに空気ごと切り裂く鋭さを感じさせた。
「……お初にお目にかかる者もいるわね」
声は穏やかだった。
けれどその一言だけで、部屋の空気が一段と張り詰める。
組織のトップ——チェリー。
“風を司る大天使”と契約し、嵐そのものを従える女。
ナヅキは思わず目を細め、口の中で小さく舌打ちした。
(……やべぇ。格が違う)
チェリーは一人ずつ視線を流し、優雅に微笑む。
「任務ご苦労さま。皆の戦いは見せてもらった。力はある……けれど、まだひとつにまとまってはいない」
柔らかい声。だが逆らうことは許されない。
キサラギですら、飴を噛み砕きながらも真剣な顔をしていた。
彼女が手元の資料を示す。異界門の増加、不可解な事故、強化された魔物の記録。
「このままでは人間世界に破滅の連鎖が走る。……だからこそ、あなたたちには“新しい戦闘体制”の要になってもらう」
ナヅキは椅子にふんぞり返り、口を尖らせる。
「……結局チーム戦か。俺は一人でやる方が楽なんだけどな」
その瞬間。
チェリーが微笑んだまま指を鳴らすと、部屋の風が牙を剥いた。
頬を切り裂く鋭い風がナヅキを撫で、テーブルの資料を宙に舞わせる。
「規律を守れない子には、風が牙を剥くのよ?」
甘やかな声と、嵐の気配。
ナヅキは舌打ちしながらも、それ以上は言葉を返せなかった。
風が止むと、チェリーは再び穏やかな微笑みに戻った。だが瞳の奥には、風の刃のような光が宿っている。
「いかなる時も息を合わせられるように——天啓庁は、部隊ごとに共同生活を義務づけます。庁舎近くに寮を用意しました」
その一言に、四人の反応は見事に割れた。
「家賃タダ? 光熱費も補助? ……よっしゃ、最高じゃん!」
ナヅキは即座に前のめり。
「……やけに食いつくなよ」
キサラギは肩をすくめながらも頷く。
「でもまあ、生活基盤があるなら悪くない。戦いに集中できる」
「わ、私……!」
ニシナは目を輝かせ、今にも立ち上がりそうだった。
「みんなで住めるなんて……うれしい……!」
「待て待て待て!」
ネツレイは机を叩き、眼鏡を押し上げる。
「つまり常に一緒にいて、主にナヅキの世話を押し付けられるってことか!?」
「おい! なんで俺限定だよ!」
「見ればわかる! 一番規則破るの、お前だろ!」
やり合う二人をよそに、チェリーはくすりと笑んだ。
「それぞれの不満も喜びも、すべて試練よ。……明日からは“チームの寮”で暮らしなさい。戦場も日常も共にすれば、いずれ嵐をも越えられるはず」
その声は静かで、抗うことはできなかった。
四人は思わず顔を見合わせる。
こうして——彼らの新しい生活が始まろうとしていた。




