毒を操る男(2)
本部の報告室。
白壁に囲まれた無機質な空間に、四人は無言で座っていた。
ネツレイは背筋を正そうとするが、まだ戦闘の衝撃が抜けきらず、呼吸は浅いままだ。
額の汗が首筋を伝い、椅子の背に落ちていく。
「……ふむ。毒の効果は十分確認できた」
眼鏡の奥から上司の冷静な声が降り注ぐ。
「だが、お前自身の耐久力が足りないな。長期戦になれば真っ先に潰れる」
淡々とした指摘に、ネツレイは唇を噛む。
その刹那、頭の奥に湿った笑い声が響いた。
『クク……悪くはなかったぞ、我が契約者よ。非力な体で藻掻く姿は、毒に酔った小動物のようだ……滑稽で、愛おしい』
毒キノコの天使。
胞子をまき散らす傘をかぶり、影のように寄り添う存在。
声は不気味だが、どこか慈しむようでもあった。
「……うるさい」
ネツレイが小さく呟くと、隣のナヅキが怪訝そうに目を向けた。
「なぁ……お前の天使って、頭にキノコ生えてんのか? やっべー色!」
さらりと放たれた一言に、ネツレイの表情が凍る。
「おかしくない! 神聖なんだ、あれは!」
「いやいや、どう見ても毒キノコだったぞ。傘の裏から胞子もぷかぷか出てたし」
「胞子は“浄化”だ! 命を繋ぐ奇跡なんだ! 笑うな!」
必死の形相に、キサラギは飴を噛みそうになって吹き出し、ニシナはおずおずと視線を逸らす。
室内に妙な笑いと緊張が入り混じり、上司が額を押さえた。
「……見た目はどうでもいい。問題はお前自身の体力だ」
淡々と話を戻され、ネツレイは肩を落とす。
だが眼鏡の奥の瞳だけは、静かに燃えていた。
「……俺は死なない。どんなに非力でも、生き延びる。……そうしなきゃいけない理由がある」
その言葉に、毒キノコの天使が満足げに囁く。
『そうだ……命乞いのように藻掻け。生き汚さこそ、毒の美学……』
ネツレイは拳を握り締める。震える指先に爪が食い込み、痛みが確かな実感を与えた。
その様子を横目で見ていたナヅキが、わざとらしく鼻を鳴らす。
「……必死なとこだけは、認めてやるよ」
一瞬だけ、ネツレイの喉が震えた。
だが返事をすることなく、拳をさらに固く握りしめる。
彼の中で“毒”はすでに——弱さではなく、生き抜くための誇りへと変わりつつあった。




