≪8≫
「さてと、どうするかな」
一人部屋に残された俺は、これからの自分の身の振りかたを考えてみる。
魔王になるなんて論外だ。勇者なんてもってのほか。
どうにかしてここから逃げ出さなければ話は始まらない。
しかし、だ。
「…魔法なんて使えねぇし」
アグーのように一瞬で移動するなんて芸当が出来ればよかったが。生まれてこの方、普通の人間として育ってきて、魔法のまの字も関わることなく生きてきた俺に出来るわけが無い。
「は〜どうしたもんかな」
「何が?」
「っ!!」
振り向くと無邪気そうな顔したガキが居た。
近所に居る魚の餌をおもちゃにして遊ぶ年ぐらいの子供だ。違うのは、文句なく誰もが『可愛い』と評するだろう容姿をしていることか。
「こんにちは」
「…驚かせるな…何処から入ったんだ?」
全く気づかなかった。
「空間から」
何の悪気もなしに言ってのける。…明らかに人間じゃないとの告白か。
「お前も魔族か」
「当たり!初めまして魔王陛下!僕はトューリュクェーサ」
きた。またもや言いにくい名前が。
「トールで良いな」
「いいよ!」
「…で何なんだ?お前は」
「さっき戻ってきたら、アグドメゼドに陛下をお連れしたって聞いたから」
「へぇ・・・で、用は済んだのか?」
「うん!」
ぽすんっと隣に座るとぎゅっとしがみついてくる。
「予想以上でスゴク嬉しいな♪」
「…何が?」
あまり聞きたくないような気もするが。
「僕の好みだし、真紅の気も誘惑されてる感じがしてそそられる」
ぎょっと俺は身を仰け反らした。ガキが言う台詞じゃない。
事実、トールの目は男の『欲』の光を灯して赤い舌でちろちろと舌なめずりまでして下さった。
おお・・・勘弁してくれ・・・。
「言っとくけどな。俺は魔王になるつもりも、ましてや子供を作ることも作る行為も断固として断る」
「何で?」
「な…何でも何も。嫌だからだ。俺は猟師だし、男だ。可愛い嫁さん貰って、子供作るの」
何てささやかな夢だ。涙が出てくる。
そのささやかな夢が…叶わなくなりつつある。ヤバイ。
「それは駄目だよ。だって君以外は魔王陛下になることは不可能なんだから」
「居なくても良いんじゃね?」
「まぁ、僕もそう思ったこともある」
おお!こんなところに同志が!!
「でもやっぱり、陛下に会って気が変わったんだ」
にっこり笑った表情は、本当に無邪気そのものだが…どうしてこんなにも禍々しい。
「ねぇ、僕の子を産んでよ陛下。大切にして・・」
「トューリュクェーサ!」
「おや。もう見つかった」
アグーがこれまた空中から現われた。・・・もう扉いらなくね?
「カリ様!ご無事ですか!?」
身の安全を心配されるほど、このガキは危険人物なんですか?
「嫌だな。心配しなくても陛下を殺そうなんて思わないよ。アクドメゼド」
「どのような心変わりですか?さんざん、陛下を殺すと宣言されていた貴方が」
そんな危険人物を放置しとくなよ!!
「…アグー、こいつ何なの?」
「トューリュクェーサは、我らの長兄にあたります」
「冗談?」
「本当です」
アグーは、少しばかり苦々しい顔で深く肯定した。