≪7≫
心配は杞憂だった。
俺に用意されていた部屋は、広々としていて居間があって寝室があって…(もう家じゃん)そんな部屋だった。内装もギラギラしてはおらず、落ち着いている。
地下だというのに、大きく設けられているバルコニーからは空が見えた。何故に。
「えーと、青空…だよな?あれ」
「魔力でそう見えています。天候は好きなように操れますから」
すげー・・・。単純にそう感じた。
何しろ俺の生業は猟師だ。天候によっては海に出ることも出来ず、まさに神頼み。
「暮らしは地上と変わらず送れるでしょう」
「海は?海はあんの?」
「地底湖はございますが、海は残念ながら・・・」
「そっか…」
というか、俺がここで暮らすのは決定事項なのか?
「なぁ、魔族って長生きなんだよな?」
「はい。勇者と相討ちなされた魔王様が最も長命で、享年10499歳でした。あと少しで10500歳の記念祭でした」
「あー、そう」
一体いつから生きてんのか想像もつかんな。その頃、人間居たのか?
「アグーは何歳?」
「私は千と44を数えます」
人間なら化石の勢いだ。爺という分類さえ生ぬるい。
「じゃ、俺の親父も結構イイ年だったわけか?」
「カリ様のお父上は魔王様が晩年に宿された命で、生きていらしたならば二百は数えなかったかと」
まぁ若いうちに入るわけか。それでも。
俺の母さんとはどういう出会いだったんだろうなぁ…だってお姫様と魔王候補だろ。接点全く無いじゃん。
「カリ様」
「んあ?」
ぼうっとしていた俺は目の前にあった秀麗な顔に口をぱかりと開いた。
さぞかし間抜けな表情だっただろう。
「どうか我らに未来を賜れますよう。カリ様だけが魔族の未来を作ることが出来るのです」
めっちゃ重いな、それ。
「んー、いやぁ…そう言われてもなぁ」
親父でさえ逃げ出したものを俺が出来るわけないだろ。
「俺男だし。卵なんて産んだことも無いし」
想像しただけで、死にそうな気分になる。
「大丈夫です。我らが命をかけてカリ様をお守りします。お亡くなりになった魔王様も常々仰っておられました」
「何を」
「子を産むことは『慣れ』と『気合い』と『諦め』だと」
「・・・・・・」
確かにその三つが揃えば大概のことは出来る気がするぞ・・・。
名言でも何でも無いだろソレ。
「あんたらもさ、俺なんかで良いわけ?」
「貴方で無ければ。きっと魔族の誰もがカリ様には惹かれることでしょう」
いや。そんなうっとりした顔で見られても、な。
さぞかし、今の俺の顔は引きつっていることだろう。
「それとも。カリ様は魔王よりも勇者が良いと仰るか?」
「それは無い」
うん、断言できる。
勇者なんて魔王より面倒くさそうだ。
「カリ様」
アグーはソファーに座った俺の足元に跪拝すると、手を取り額に押し当てる。
「至高なる我が君に忠誠を。我が命果てようともカリ様の為に」
ふ、と手の甲が熱くなり何かの模様のようなものが浮かびあがる。
ぎょっとしてよく見ようと目を凝らすと、忽ち消えていった。
「誓約の徴です。カリ様がお気にされることはありません。我が身のみに与えられる楔です」
誓約を違えた場合には、身に宿る魔力の核が砕かれ塵となる・・・己の破滅を何故かこの上なく幸せそうに語るアグーに、俺は眉を顰めた。
他人の命を背負うほど肝太く無いですから。