≪32≫
モンスター大量発生の情報はどうやら彼とは入れ違いにギルドに入ってきたらしく、キャンセルに違約金は発生しなかった。
「なぁ、あんた名前は?」
しかし問題は違約金だけでは無かった。
見た目の軽さとは反して執念深い槍の男が、彼の後をついてくる。
曰く、『俺の仲間にならないか?』ということらしい。
「あんたしつこい。別に俺なんて低レベルを誘わなくても、自分に見合ったレベルの奴を誘えよ」
彼の言葉も最もだ。
「えー。だってそういうのって無闇にプライド高くて面倒だろ」
男の無神経な台詞にフードの奥で彼は目を細めた。
「それに俺と組んだら依頼の幅も広がるし」
「だーかーらーっ俺は・・・っ!?」
彼が振り向いた瞬間、男がフードに手を掛けた。
露になる彼の顔。すぐさま奪うようにフードで顔を隠したがその顔は確実に男の目に晒されただろう。
「・・・へぇ」
「何だよ」
「あんたすげー美人なんだな。フードをずっと被ったまんまだから何か隠してんだろうなって思ったんだが、なるほどな~」
「うるさい。黙れ」
「ま、そう言わず。俺の名前はシ…」
「いらない。必要ない。どっか行け」
「…辛らつだねぇ…自己紹介遮られたの初めてだわ」
彼は男の手を払うとすたすたと歩き出す。
向かった先はギルドの依頼掲示板だった。
そこに残っていた『トンネレコの退治』の依頼を選ぶ。
「そんな依頼よりこっちのほうが稼げるって」
脇からの声を一切無視して、彼は依頼の手続きを完了する。
依頼主と会って、詳細を聞く必要がある。
結局、男はトンネレコの依頼にまでついてきた。ただ本当について来ただけで依頼を手伝った訳では無い。
「あんた本当に何やってんだ?」
トンネレコを一掃したところで、それまでずっと無視し続けていた男に彼は話しかけた。
「お、漸く認めてくれた?」
「違う。一切無い。鬱陶しい。仲間になるつもりは無い。どっか行け」
多少しつこいものの友好的に接してくる相手に散々ないい様だ。
「これでも俺、結構なお買い得だと思うんだけどな~」
全く気にしていない。
「どうしても頷いてくれないなら力づくって手もあるけどどうする?」
「断る。訴える」
「男が男に犯されましたって?」
「・・・・・・」
沈黙した彼に、男は笑みを深める。
あと一押しと思ったのか、男がもう一歩彼に近づいた。
す・・と彼の手が伸び、男の額に触れた。
「飛べ」
瞬間、男の姿が掻き消えた。
「ちっ。だから厄介なんだよ・・・人が地味に低レベルで生きてるのは何のためだと」
まぁいい、と呟いた彼は依頼の報酬を受け取りにギルドに向かう。
依頼主からの完了の徴を渡して彼は報酬を受け取る。
「3銀貨か・・・先は遠いな・・・」
彼は海の青さを夢見て、今日も頑張っている。
彼・・・カリがそもそも冒険者などをやっているのは、偏に船を買うためだ。
漁の出きる船。最低でも1金貨が必要になる。
一発大きい依頼でも受ければ大した金額では無い。だが、目立つのを避けて地味な依頼で稼いでいれば貯まるものも貯まらない。その癖、よくわからない変態は引っ掛ける。
――― 漁師になるのはいつになるやら。