第二部 ≪30≫
それが造られたのは気紛れだった。
神はふと、己と同じものを造ろうと思いついた。
「成れ」
言葉は力となり、神と同じ形が現われた。
面白いことに自分と正反対の色を持つその『形』を、神は『弟』と定義した。
「今からお前は俺の弟な」
成ったばかりの形は与えられた言葉に頷いた。
「名前はそうだな…ミーキァクリゥォアで良いだろ。長いからミカって呼ぶけどな」
「兄上様」
「おう、弟よ」
こうして、初めて神は『会話』することを識った。
§ § § § § § §
冒険者ギルドは至るところにある。
その規模には大小があるものの、それだけ需要があるということだ。
このダレイストンの街にもギルドはあり、様々な人間が出入りする。
「うーん…」
依頼はギルドが受付け、魔法のボードにその冒険者のレベルにあったものが呼び出される仕組みとなっている。その前で冒険者たちは自分の希望にあった依頼を探すのだ。
「やっぱり一人で受けるってのは限界があるなぁ…」
冒険者の多くはパーティを組んでいる。そのほうが依頼成功率は高くなるし、より利益になる依頼を受けることができるからだ。単独で動く冒険者はよほどレベルが高い者か、駆け出しくらいだろう。
彼が所持している冒険者カードのレベルは12。初心者とは言い難いが、熟練者では全く無い。
「ガウバウの実の捕獲…トンネレコの退治。どっちかだなぁ」
ガウバウの実はその名の通り『肉食』の植物だ。料理によく使われる。
トンネレコは畑に穴をいくつも開けてそれを繋げてトンネルにしてしまうという農家泣かせの害獣だ。
「期限が長いほうにしとくか」
ガウバウの実の依頼をぽちっと選ぶと、それがギルドに申請される。
受理されれば冒険者カードに依頼の詳細が届くという、何とも便利なシステムだ。
「よし」
彼は頷いてギルドを後にした。
ダレイストンの街は普通に賑わっている。
大通りには露店が並び、昼時になれば更に人が増えるだろう。
彼はガウバウの実を捕獲するのに必要な丈夫な網と棒を購入し、棲息地である街外れの森へ向かう。
「今夜のメシのためにも頑張らないとなっ!」
高位の冒険者たちの間では、魔王復活が話題になっているようだが一般人レベルの冒険者には御伽噺の世界だ。だいたい古今東西、紆余曲折あろうとも勇者が勝つようになっている。
つまり魔王復活なんて世間話程度に平和だった。
平和なのはいいことだ。
「・・・ホント、しみじみ痛感する」
びゅんびゅんと棒の振り具合を試しながら、青い空に流れる白い雲をぽかんと眺める。
するとキラリと何かが光った。
「…ん?」
それは徐々にはっきりとした形になって…
「おいおいおいおいっ」
慌てて退いたその場所に槍が突き刺さった。
「な・・・っ危ねぇーなっ!槍のポイ捨ては犯罪だぞっ!!」
空に向かって叫ぶ。
「すまーんっ!手元が狂った!」
森の方から声が届く。
見れば男が手を振りながら駆け寄ってくるところだった。
「おまっ、手元が狂ったとかそういう問題じゃないだろっ!危なく突き刺さるところだったぞ!」
「あーわりわり」
軽すぎる男の謝罪は風貌通り。さして気にしている風も無い。
赤いツンツン頭をがりがりと掻いている。
「ちょっとすっぽ抜けちまってな。刺さらなかったから大丈夫だろ」
悪びれない男の台詞に、小さく溜息をついて肩を落とした。こういうタイプの男に何を言ってもこちらが疲れるだけだ。
さっさと自分の依頼を遂行しようと森への道を歩き出す。
が。
「・・・っ」
肩を掴まれ引き戻される。
「あんた、一人?」
「・・・そうだけど」
「一人じゃ危ないよ?」
「・・・俺は一応冒険者だ」
「え?・・・でもなぁ」
男は彼の上から下まで視線を流し、顎に手を当てた。
「その格好からすると魔法使いなんだろ。体もちっこいし、一人で森に行くのは危ないぜ」
「余計な世話だっ!俺のことは放っておいてくれっ」
自分で一人前だと思っている人間ほど密かに気にしているコンプレックスをつかれると怒るものだ。
頭から湯気が出そうに怒った彼は頭からすっぽり被ったローブを翻して森へと向かった。
「あー…行っちまった。モンスターが丁度大量発生してんだけどなぁ」
男の視線は小さな背中を追った。