≪21≫
「お喜びいただけて何よりです」
毎日見ていた魚とこれほど感動的な再会を果たそうとは思ってもみなかった。
「陛下、魚がそれほどにお好きであらば儂が毎日獲りに参りますぞ」
いやいや。それでは本末転倒だ。
俺は魚が食べたいだけでなく、漁をしたいのだ。
「ところでカリ様。人界にて面白い話を耳に致しましたのでお耳に」
「面白い話?」
何だ?
「勇者がたち、魔王討伐に乗り出すとのことです」
あれ?
「勇者?」
んん?でも…確か、俺しか勇者の血筋が残ってないとか言って無かったか?
「そのような所以でそうなったかは定かではありませんが、カリ様もお心を決められて下さい」
「え」
いやちょっと待て。何で俺が心を決めるとか・・・え!?
討伐される魔王って・・・・俺!?
今更ながらに愕然となった。1,2日、うだうだしているうちに魔王確定か!?
「ご心配無く。カリ様の御身には指一本たりとも触れさせません」
「儂ら魔族にとり、人など塵芥と同じ。恐るるに足りませぬ」
俺はあくまで平和的に解決したいのですが・・・?
全面対決確定っぽい二人の態度に顔が引き攣る。
牧歌的に生きてきたとかいう話はどうなった?
「…話し合いで解決しようって方法は?」
「カリ様のお優しい心はわかりますが、無理でしょう。人は人以外のものを排除し、理解しようとはしませんから。そもそも我が本気で人を廃しようとするならば、地上もすでに我らがものとしております。それを人は理解しない」
確かにそれはなぁ…ちょっとだけ見ても人と魔族の力の差は歴然だ。
魔族がその気なら人間の世界なんてあっという間に蹂躙されるだろう。
「いっそのこと、陛下が支配されては如何か?」
「はいぃっ!?」
ロウの物騒な発言に俺は目を剥いた。
「それが良い!陛下のお力で人の世界を支配し、足元に平伏せ・・・」
「却下!…そんな疲れることしたくない。支配者になんてなりたくない。平和に暮らしたい。漁師したい」
普通の人間で居たい。
俺の望みは贅沢か?
「虚琥狼、貴様はカリ様の御心を全く解しておらぬな。そして、カリ様。貴方は魔王陛下。もう引き返すことは出来ないのです」
「お前が・・・っ」
お前がそれを言うのか、アグー。
平和な世界から俺を引き離した張本人。…わかっている。お前がやらなかったら別の誰かがやったのだ。それでも。
「貴様が死ねば魔族は滅びる。はっきりとそう言ってやったらどうだ」
あ、新顔だ。
今までの奴らは内心でどう思っていようと俺を『魔王』として敬っていた格好を崩さなかったが、こちらは態度も言動もふてぶてしいに尽きる。
ちなみに格好も軍人仕様で威圧感たっぷりだ。
「ジキェィンッラ」
また、舌噛みそうな名前だな。
「陛下の御膳で名乗りもせぬとは無礼であろう」
ロウが相手の視界を遮るように俺の前に立った。
「そりゃどうも。俺はジキェィンッラだ。魔軍の総司令官だっつってもわからんだろうが」
確かにわからない。魔軍なんてものがあったのか。
「・・・ジーク」
ロウの傍らから顔を出した俺に、肉食獣のような笑みを浮かべる。
「何だ、無知なる魔王」
歯に衣着せない物言いは、アグーたちのものより俺には馴染み深い。
むしろ回りくどくなくてわかりやすい。それでも俺が魔王であることは否定しないんだな。
「どういう意味?」
「どういう、とは。よほどの馬鹿で無ければわかるだろう」
はっきりと馬鹿にされて、むっとしたもののジークの言葉の意味を考える。
俺が死ねば魔族は滅びるとジークは言った。
もし、まぁ…絶対にあって欲しくないというか、必死で回避したいが…魔王として殺されたとしても、魔族がそれで滅びるとは思えない。
だって、有り得ないだろっていうぐらいこいつらは強い。もし国々が揃って挙兵したとしても、勝つのは無理だろう。今まで人間がちょっかいを掛けても勇者ご一行が返り討ちにされるだけで済んでいたのは魔族が人間に何の興味も無いからだし、徹底気な個人主義っぽいせいもあるだろう。
俺の死=魔族の滅亡、がどうしても結びつかない。
「何だ、殺戮卿。俺たちの繁殖方法をまだ言って無いのか?」
「狂将、言葉が過ぎる」
はん、とジークが鼻で笑う。
「なぁ、魔王よ。『魔王』と呼ばれる者は今てめぇ以外に居無いんだ。どれほど望もうと待とうとな。そして魔族を生み出し、次期魔王を生み出せる可能性もてめぇにしか無い。てめぇが何もせずここで死ねば、新しい世代の魔族は現われず、寿命を迎えたものから滅びていく」
ジークの言葉を俺はゆっくりと咀嚼していく。
「人間にとってこれほど効率の良い攻撃対象も無いだろう」
俺、ホントに瀬戸際に居るな。うん。