≪20≫
あまりに驚き過ぎて、条件反射で頭突きした。
・・・痛ぇっ!!本気で涙が出る・・・再び失神という名の眠りにつきそうだった…
「陛下!?」
俺が悶絶している前で、正体不明の相手は全く平気そうにのぞきこんでくる。
ダメージは俺だけか!?何て理不尽。
「ああっ!額が赤くなっておられる!!疾く治癒せねば!!」
いや放っとけばそのうち治るって…てぇっ!?待てっ待て!!!
だんだん何故か近づいてくる顔に俺は必死で待ったを掛けた。
「何をなさる!」
「それはこっちの台詞だっ!!何するつもりだ!」
「治癒を…ご安心下され。舐めればすぐに治ります」
「な…舐め!?」
何を誰がどこを!?!?
「いらんっいらん!!放っとけば治るから!!」
「しかし!」
「いいからっ!!」
うう…何故朝からこんな疲れるやりとりしてるんだ・・・
「…ところで、あんた誰?」
俺の問いかけに男は傷ついたように顔を顰めた。
「お忘れか!?」
お忘れも何も、初対面です。
「昨夜名乗り申し上げた。虚琥狼にございます」
・・・・。俺は記憶を遡る。
昨夜……ああ!そう言えば、何か不気味な黒い物体がそんな名前を言っていた。
「黒い塊」
「黒い塊ではございませぬ!儂は陛下の従獣、虚琥狼、太古より魔王陛下のみに従う獣にございます」
俺は額を押さえた。だって、どう見ても目の前に居るのは獣じゃない。
俺と同じくらいの年の、ちょっと小煩そうな兄ちゃんだ。
「この姿は陛下の傍に仕えるための仮の姿。本来の姿は昨夜お会いしたもの」
「へぇ」
だからって俺の安眠妨害した理由には全くならないけどな。
色々非常識すぎて常識を説くのにも疲れてきたけど。…これは一般的に『流されている』というのでは無かろうか。良くねぇな。
「おはようございます、陛下」
「おはよう~」
朝食の場所は昨日とはまた別の場所だった。…俺、絶対一人じゃ行動出来ないだろ。
アグーは俺に近づき腰を折って一礼した後、背後に居た虚琥狼にちらりと視線を走らせる。
「儂が不在の間、面倒を掛けた。殺戮卿」
「何の。カリ様のお世話が喜びでありこそすれ、面倒など。出来るならばこのまま虚琥狼には引退していただいて良かったほど」
「儂が引退などと。何処の馬鹿が勘違いしたか知らぬが有り得ぬ。陛下在る限り、儂は従うが本性」
うん。二人の仲があまり良くないってことは良くわかった。
「アグー、それからロウ。俺は腹減ったんだけど」
「気が回らず失礼致しました。どうぞこちらへ」
そつなく誘導するアグーに対してロウ…虚琥狼は何故か固まっていた。
「ロウ?」
「…それは、儂のことでありますか?」
「うん。虚琥狼って何か呼びにくいじゃん。ロウでいいだろ?」
気に入らなかったのか?…今更考えなおすのも面倒くさいな。
「ああ!陛下!…儂に陛下より名を賜る日が来ようとは!!」
え、何。何でそんなに感激してんの?タダ単に呼びやすくしただけで深い意味は無いぞ。
「カリ様。少しずつ魔界の『常識』を識っていただくのが良いかもしれませんね」
疑問符を飛ばす俺に、アグーが深刻な表情で呟く。
「・・・・・」
正直知りたいとは欠片も思わない。魔界に骨を埋める気はさらさら無い。
だが、このままの状態ではますます自分の首を絞める事態になりかねないような・・・
少し恨めしそうにアグーを見上げたが、気づいているのかいないのか…
元凶の魔族アグドメゼド。だが、俺は彼を憎らしいとは思って居無い。腹立つな、とは思っているけれど。だってここに来てからの魔族たちの反応を見る限り、アグーが来なかったら遅かれ早かれ別の誰かが来たんだろう。王宮からの使いもそうだったように。
「どうぞごちらに、カリ様」
「ん~」
生返事をして、俺は椅子に座り…目の前にあった存在に目を見開いた。
こ、これは!!!
信じられない思いでアグーを見上げると、綺麗な笑顔を浮かべてこくりと頷いた。
さ か な だ !!!!!
「朝一番に人間界にて獲って参りました。御口にあえばよろしいのですが」
おお!すげーっ!!
紛うことなき、焼き魚。
くそーっ!会いたかったぜちくしょうっ!!