≪2≫
とりあえず、美形のにーちゃんにはとっとと家の中に入ってもらった。
家の前で、魔王だ何だと叫ばれてはご近所にどんな噂が立たないとも限らない。
父母が死んでからというもの一応、品行方正を目指して生きてきたのだ、俺は。
「えーと、お茶でいい?」
「とんでもございませんっ!魔王陛下のお手を煩わせるわけには参りませんっ!」
「・・・・・・・いや、俺も何か飲みたいし」
「では、私が」
は?あんた俺の家の台所知ってんの?
疑問はすぐに解決された。
美形のにーちゃんが、さっと手を振るとテーブルの上にグラスが二つ現れたのだ。
綺麗なガラス細工のグラスは、この家には思いっきり不似合いだった。
中に入ってる紅いのは何だろう?酒か?昼間から酒?
・・・・・・・この際、もうそれでもいいかもしれない。
俺は何だかどうでもよくなってきていた。
「北方の葡萄で作らせたワインです。お口にあえばよろしいのですが」
「・・・・いただきます」
美形のにーちゃんが、緊張した面持ちで俺の顔を見るので、俺も緊張する。
・・・・うん、まぁ悪くないどころか、結構美味い。
「美味いな、これ」
「お気に召しましたなら、これからいくらなりとも」
これからって、おい。
「そ、その話なんだけど・・・」
「はい」
「そのぅ、俺が魔王だとか何とかっていうのは・・何かの間違いなんじゃ?」
「まさか、間違えようはずがありません」
「・・・何で?」
「お体から立ち上る真紅の気。まさしく魔王陛下のもの」
真紅の気?
俺は自分の体を眺めてみるが、そんなものが立ち上っているようには見えない。
「・・出てないけど?」
「恐らく、まだ覚醒されておられないためだと。いえ、覚醒されずともそれだけの気をお持ちということは並々のものではございません。歴代の魔王陛下方の中でも随一のお力をお持ちなのでしょう」
・・・これって喜ぶべきところなのだろうか?複雑だな。
「それでは、参りましょう」
「っておいおい!」
今までの話で何か事情を説明する部分があったか!?
王宮の使者より強引だな。
「ちょっと待てって。俺、まだ一緒に行くとか、場所とか、そもそも魔王だってことも納得してないんだけど。第一だな」
姿勢正しく俺の話を聞いている美形のにーちゃんを指差した。
「あんた、誰?」
「おおっ、これは誠に失礼を申し上げました!私は、前魔王陛下の側近を勤めておりましたアグドメゼドと申します」
「あ、アグ・・?」
呼びにくい名前だな。
「アグドメゼド、でございます」
「・・・・・アグー、でいい?」
俺がそう言うと、美形のにーちゃん=アグーは雷に打たれたように身を震わせるとさっと顔を覆った。
え?俺何かした!?
「魔王陛下・・御自らより愛称を賜ることができるとは、身に余る光栄にございます・・っ」
「・・・・・・」
どうやら感極まっているらしい。
大げさすぎないか?・・・すげー疲れるんだけど。
ま、いいか。話進めよ。
「んで、アグーは・・つまり、その・・いわゆる魔族とかゆーやつ?」
「左様でございます」
「へぇ、結構フツーなんだな」
魔族って言ったらごっついモンスターみたいなのを想像していた俺には、アグーのような美形はちょっとカルチャーショックだ。人間だって色々なのがいるもんな。そりゃ魔族だって色々あるだろうさ。
「でさ、どうして俺が魔王なのかやっぱ納得できないんだけど。どっからどう見ても普通の人間だろ?」
「魔王の位は血筋によって引き継がれます」
へぇ。んじゃやっぱ勘違いじゃないか?うちの父さんも母さんもいたって普通の人間だったけど。
父さんなんてめちゃくちゃ漁師が板について、ホント『海の男!』て感じだったもんな。
・・・俺?悪かったな、俺は母さん似だよ!
「カリ様のお父上は前魔王陛下のただ一人のお世継ぎでした」
「え゛」
マジかよ!おい。
そんなこと全然聞いてねーし!しかも聞こうにも死んでるし!
「ですが、魔王になるのは嫌だと仰られて・・ある日、姿を消されてしまわれたのです」
聞くも涙、語るも涙・・そんな調子でアグーは続ける。・・ホントに魔族かよ。
しかし父さんも思い切ったことしたなー・・。しかし魔王が嫌で漁師になるってのもどーよ、て感じだけどさ。
「魔王陛下は、手を尽くして行方を探されましたが・・残念ながらご存命の間に探し当てられることはできず・・」
「え?魔王陛下つーか、俺にとったら爺さんか?・・て死んだの?」
「先ほど、勇者と相打ちなされて・・・」
「・・・・・・」
んー、俺が漁師に精出してる間に世間ではそんなことやってたんだーへぇー。
ファンタジーだなぁ。
だが、そんなのんびりした感想抱いている場合じゃねーだろ、俺。
「そして、我らは魔族の威信をかけて次期魔王陛下をお探し申し上げたのです。ですが、残念ながら」
「・・父さん死んでたもんなぁ」
「我らの力不足で・・っもう少しお早くお探しすることができましたなら・・っ」
「て言ってもさ、死んだのもう5年も前だけど」
それとも魔族は寿命が長くて、5年なんてあっという間だとか言うんだろうか。
「誠に口惜しいことです。ですが、我らに望みは残されていました!」
「・・・・・・」
いや、そんなきらきらした目で見られても。
「いや、俺・・魔王とか興味ないし」
うん、平和に生きたいから。俺。