≪19≫
さて、漸く就寝の時間がやってきた。長い1日だった・・・いっそのこと夢落ちとかにならないかなぁ・・・無理だな。
「あれ、カリ様もう寝んの?」
おやすみーと居間から寝室に向かおとする俺にサリューが待ったを掛けた。時刻は10時。 ・・・何か文句ある?漁師は早寝早起きなんだよ!
色々有りすぎて頭ぼうっとするし。精神的疲労の何物でもないと思われる。
「旨い酒あるんだけど」
「飲む」
くれ、と俺は手を差し出した。瓶ごとベッドに連れ込もうという算段だ。底なしのこいつらに付き合ってられんしな。
サリューの手から酒を奪い取ると俺はさっさと寝室に入った。
酒は嫌いじゃない。滅多に飲めないような良いお酒は嫌いどころじゃなく、大好きだ。
ただ、あまり俺が強くないというだけの話で・・・
どうやら俺はナイトキャップを楽しみながら、寝てしまっていたらしい。
「うーん…」
寝苦しさのあまり半分意識が覚醒した。
暑苦しいというより重い。寝返りを打とうにも何かに拘束されているかのように身じろぎできない。
え?・・・金縛り!?
いやいやいやホラーとか勘弁してくれ。
恐る恐る俺の上に『ある』らしい『何か』を見るために目を開けた。
「ひっ」
何か巨大な黒い物体が!!俺の上に乗ってるんですけど!!??!!!
『魔王陛下』
声無き声が俺に届く。黒い物体がしゃべったのか!?
『儂は陛下の従獣。虚琥狼。見知りあれ』
見知るよりも何よりも先に俺の上から退け!!
黒い大きな物体は、俺の心の叫びが聞こえたのかのそりとした動きで広い寝台の隣に寝そべった。
最初からそうしろ。
「・・・で、何なの?」
人の安眠を妨害しやがって。
幾ら目が赤くて、鋭い牙が口から生えていたって…安眠妨害の理由にはならんからな!!
『儂は陛下の傍に侍る者。騒ぎが起こっておりましたゆえ離れておりましたが、通常ならば殺戮卿よりも傍にあるべきもの』
簡単に言えば、『アグーより俺のほうが凄いんだぜ!』と言いたいのか。
言いたいんだろうな…その『褒めて!』と言わんばかりの赤い眼は。
だが、繰り返して言う。俺は眠い。
「あー・・・そう」
『陛下!』
本当に何なんだろうな、この仕打ち。俺は寝たいだけなのに。
「わかったわかった…よしよし」
犬…というには大きすぎる物体を俺は…半分寝ぼけていたのもあったんだろう…よしよしと手で撫で付けた。近所の犬を扱うように。こうするとタローはいつも・・・
はっはっはっはっ!はっ!はっ!
え、ヤバイ!?そうだよっ!全然あいつ落ち着いてなかった!それどころ興奮しまくって俺に飛び掛ってきてたじゃないか!?
懐かしいというには獰猛すぎる鼻息が、顔にかかる。
ちょっと待て!お前は知的生物だろ!タローと同じ反応をしてどうする!?
タローの数十倍はあろうかという体格でかかってこられたら、受け止めることなんて出きるわけが無い。
「重っ!・・・ちょっ乗るな!!」
再び俺の上に圧し掛かってこようとする虚琥狼の頭をべしべし容赦なく叩く。
『陛下。陛下。陛下はとても良い匂いがする』
だからって首元をくんくん嗅ぐんじゃねぇよっ!!
どうにか悪戦苦闘して虚琥狼とやらを引き離した俺の眠気は遠い彼方に消え去っていた。
「…黒板だか、コックローチだか知らんが」
『虚琥狼だ。陛下』
「突然人に断りも無く部屋に侵入して、あまつさえ安眠を妨害するなぞ万死に値する!!」
びしぃぃっ!俺は指を突きつけた。
「お前は床!伏せ!待て!!」
流れるような俺の指示に虚琥狼は素直に従った。
おう。躾けは行き届いているじゃないか。
「…じゃ、お休み」
『陛下!』
だから何なの!
『陛下の御名を儂は伺っておりませぬ!!』
「カリ。それだけ」
それ以上でも以下でもない。ご理解いただけましたかってんだ。
「じゃ、ホントにおやすみ!」
これ以上邪魔されないようにと、シーツを頭から被った。
『カリ様、・・・・カリ様』
「ん~・・・んぁ?」
ゆさゆさと揺すぶられる感覚は馴染み無い。母親のお越し方はもっと鬼気迫っている…どんな風かはトラウマになりつつあるのでしゃべらないが。
『お目覚め下され。お早うございます』
ごしごし、と目をこすりながら…寝起きでぼうっとする頭を抱えた俺の目の前に…至近距離に顔があった。
ぬわぁぁぁっ!?!?!?!!!